20代のころ、海外在住の日本人作家の秘書をしていた。 拠点は東京の事務所。庶務、執筆補助、来客対応。来日時には付き添い、時に代理人の役目も担った。
その作家――ここではM女史としておく――は、世界中を飛び回る人だった。 あまりにも多忙を極め、生活の細部まで手が回らない。そういう状態だった。
当時、女史はハワイに住んでいた。 育ち盛りの男の子と、体格の良いアメリカ人の夫との3人暮らし。
彼女を悩ませていたのは、まず食事のこと。 底なしの胃袋を持つ男性陣を満たしながら、自身の体調管理とダイエットをどう両立させるか。 それから洗濯。泥だらけになる衣類やタオルを、いかに短時間で終えるか。 現実的な、しかし切実な問題だった。
人を家に入れるのを好まなかった女史も、ついに地元でハウスキーパーを雇うようになった。 だが、どうも思うようにはいかなかったらしい。 そこで、日本から私が呼ばれた。
年に数回、2週間から3か月ほど渡米する生活が始まった。
パソコン業務はそのままハワイで続け、24時間オンコールなのは日本にいる時と変わらない。 そこに、家事全般が加わった。
広い家の掃除。 家族分の洗濯。 食事の用意。 さらに、怪我をした女史の母親の介護もあった。
作家業を間近で見る、得難い経験だった。 楽しい思い出も、数えきれないほどある。 今となっては笑い話だが、実際には骨の折れる役目で、当然、失敗もした。
高価な食器を割り、料理を失敗して来客との夕食を台無しにし、英語ができないことで業者に足元を見られたこともある。
日本にいる家族や友人からは「ハワイで仕事なんていいね」と言われた。 彼らが想像する生活とは、かなり違っていたと思う。
そんな日々のなかに、ほっとできる時間があった。 そのひとつが、ランチタイムだった。
昼食時に女史が口にするのは、決まってフルーツと野菜、卵だけ。
「アボカドと、パパイヤとマンゴー。ゆで卵に、マヨネーズを少し」
午前中の掃除と洗濯が一段落する頃、そんな指示が来る。 私はキッチンに立ち、卵をゆでる。 その間に、果物の準備をする。
シノワズリ調のキャビネットの上には、大きな籠に盛られた果実があった。
庭で採ったアボカドとライム。 海辺の店で山ほど買い込むパパイヤ。 森で見つけたグァバ。 スターフルーツ、ドラゴンフルーツ、マンゴー、パイナップル。
さすがハワイである。 トロピカルフルーツが途切れることはなかった。
籠の中から一番熟れたものを選ぶ。 パパイヤを2つに割る。 キャビアのような種を掻き出す。 マンゴー、アボカドとともに一口大に切り、ライムをひと絞り。
白い陶器のボウルに盛り、半熟のゆで卵とマヨネーズを添える。
女史お気に入りのウッドプレートに載せる。 ひと息ついて、全体を眺める。
数日前に「アーモンドは、こまめに食べないとね」と言っていたのを思い出す。 豆皿にクラッシュアーモンドを入れ、プレートに添える。
もう一度、眺める。
そうだ、デスクのお茶が少なかった。 温かいハイビスカスのハーブティを淹れる。
「できました」
書斎に声をかける。 ノックはしない。部屋にも入らない。 どこで食べるかは、その日の女史の気分次第で、指示された場所に置いておく。
「あなたも、好きなものを食べてお昼にして」
心から嬉しいのは、そう言われた時だった。
私は、パパイヤとマンゴー、アボカドにライムを絞り、アーモンドを散らして昼食にする。
控え室のコテージから見える、2ヘクタールの庭。 今日は、ここで食べよう。
甘いトロピカルフルーツを頬張りながら、やっとボーッとできる。
一人で食べるトロピカルフルーツの、とろけるような食感。 南国の甘い香り。
それは、確かに存在していた、私だけの時間だった。


