「Y ちゃんがウロウロし始めたなぁ」
仕事の合間にお茶を飲みに来た夫が、つぶやいた。8日間布団の中で暮らしていた娘が、今朝からパジャマのまま絵を描いたり、土間にやってきたり、ゲームをするようになった。
「えっ、まだ39℃?」
体温計の数字に目を疑う夜が続いた。
しぶとい熱は、娘の身体が、インフルエンザウイルスと闘っている証拠。その熱を恨むのは筋違いかもしれないが、どうか早く解放してやってほしいと祈るような日々だった。
私より先に発症したのに、私より長く高熱に喘いだ娘の身体。平熱に戻ってからも、こんこんと眠り続けていた。
時折、パチリと目を開けているのに、動きだす気配がない。「もう熱は下がっているのだから」と起こそうとは思わなかった。これまでの彼女との生活から、元気になれば、勝手に動き出す、と知っていたからだ。
それまで、私たちはただ、彼女の休息と栄養を守り、布団のふくらみを見守ることにした。
結果として、よかったのだと思う。あの長い眠りは、体力を使い果たした身体が、もう一度健康を組み立て直すための時間だったのだ。
次第に咳も減り、昼も夜もすやすやと深く眠り続ける娘。
そうして迎えた今朝、娘は気づいたら布団から身を起こして座っていた。すっくと立ち上がり、確かな足取りで家の中を巡り出した。
顔色も機嫌も良い。あぁ、やっと治ったね、胸を撫で下ろした。
体は、眠っている間に修復され回復していく。なんだか、この10日くらいで背も伸びたかな?と久しぶりに立った娘を見て、目を見張った。髪も瞳も、キラキラ輝いている。理屈抜きの生命力が溢れていた。
病気はできれば遠ざけたいものだけれど、そこから命が回復する様もまた美しいものだ。
「お母ちゃん!大好き!」
それだけを言うためにだけに、居間から小走りにやってくる、娘の定例報告が再び始まった。
しばらく止まっていた家の空気が、ゆっくりと攪拌されていくのを感じた。
食欲はまだ戻りきっていないけれど、先週から我が家を席巻していたインフルエンザウイルスは、ようやく去った。
さぁ、今こそウイルスからの解放宣言だ。


