現代造佛所私記 No.277「熱と雪」

「コン、コン」

ああ、これは嫌な咳だと思った。

昨夜、娘が軽く咳き込んだその瞬間、元看護師としての直感が働いた。母親としての心配よりも先に、職業的な判断が差し込む。これはまずい、と音もなくアラームが鳴っていた。

クラスにインフルエンザの子はいる? そう訊ねると、「いると思う。咳してる子もいる」と娘。会話しながら、私は明日の段取りを淡々と組み直していた。

今朝、いつもの時間に娘を起こし、おでこに手を当てた。熱い。体温計は39.3℃を示していた。

ああ、やはり来たか。学校と通学バスへ連絡を入れ、手元の解熱剤のストックを確かめる。

夫と相談しながら、今日明日のためゼリー飲料とアイスクリーム、ポカリスエット、うどんを買い足そうと決める。病気の日の緊急体制を立ち上げてゆく。

やがて、私を呼ぶ声がした。顔を赤く染め、ぐったりと横たわったまま「さみしい、ここにいて」と娘が言う。マスクで半分隠れた顔から、幼いころの面影がよみがえる。すがるような眼差しと、声音に宿る三歳児のような甘え。心配に、懐かしさが混じる。

熱は39℃から40℃のあいだを行き来していた。それでも「お腹すいた。うどんが食べたい」と口にした娘に、私は少し安堵した。食欲があるのは幸いだ。

薄味に仕上げたうどんを盆にのせ、寝床の脇に座る。娘は少しはにかんで「食べさせて」と言った。一口運ぶと、「おいしい……」と目を見開いた。「熱くない?」と尋ねれば、小さくうなずいて汁をすする。親の手から食べる姿に、赤子のころの面影がそのまま重なる。

思えば、高熱の夜を、何度越えてきただろう。旅先で急なインフルエンザに見舞われ、見知らぬ土地の救急外来に駆け込んだことがある。高知に来てからは、近くに病院がなく、自宅と病院の中間地点で救急車と落ち合う段取りをしたこともあった。親である私たちも感染して、家族全員で布団に倒れ込んだ冬もあった。

小学生になり、そうした日々はずいぶん遠のいていた。けれど、今日のように高熱に襲われると、娘は不意に当時の姿に戻る。そして私は、看護師と母親の境界が曖昧になる。観察と判断をしながら、同時にただ手を当て、冷やし、見守る。専門職としての客観性と、母としての切なさが入り混じる。

うどんを食べ終えた娘は、赤い顔のまま私の手を探し当てた。「お母ちゃん、やさしい。大好き」。冷たい手でその手を包むと、「気持ちいい……大好き」と言って目を閉じた。

早く良くなれ、と祈りながら頭を撫でる。やがて、すうすうと寝息が聞こえ始めた。

明日は病院へ行こうね。せめて今夜、あなたの見る夢が、穏やかなものでありますように。

窓の外では、冬の風にかすかに舞う初雪。どうかあの子の熱を冷ましてあげて。