諸事情があって、夫は久しぶりに、私は生まれて初めて、コインランドリーというものへ足を踏み入れることになった。
夜のとばりが降りて、通りを歩く人の姿もまばらになった頃。洗濯物を詰めた大きな袋を三つ、二人で分け合い、灯りのともる店先を探しながら歩いた。肩や腕に思いのほかずっしりと食い込む袋が、埃だらけになって作業した数時間を物語る。
最初に立ち寄ったのは、三台の洗濯乾燥機が肩を寄せ合うように並ぶ、こじんまりとした店だった。
すでにどの機械も規則正しく回っていて、赤く光る表示によると、空くのは30分から1時間ほど先らしい。店の中央で先に待っていた男性が、私たちの途方に暮れた様子に気づいたのだろう。「ここから10分ほど歩いたところに、もっと大きなコインランドリーがありますよ」と、椅子を譲りながら声をかけてくださった。その親切に、胸の奥が温かくなる。丁寧にお礼を言って、私たちはその場をあとにした。
首元や足首に抜ける風が冷たい。けれどすでに10分ほど歩いていた私たちには心地よかった。自動車での移動が多い生活で、歩くのが苦にならないどころか爽快だった。
気づけば、教えてもらった店が夜の街にぽうっと光を放って見えた。「365日・24時間」の文字が、なんとも頼もしい。中には数人の先客。空いている洗濯機も多く、「ここなら大丈夫」とほっと息をついた。
自宅のと比べて倍はあろうかという大きなドラム。二人で説明書きを読みながら、「洗剤はいるの?」「何キロくらいあるのかな」「どのボタンを押せばいい?」と、小さな混乱をくり返す。そんな私たちを見かねたのか、右隣の男性が笑いながら教えてくださった。「千円札は使えませんよ。あそこの両替機で百円玉にするんです」。左隣のご婦人も「洗剤は自動で出ますから」と優しく教えてくださる。
皆さんにお礼を言って、無事洗濯が回り始めた。誰もが黙々と、けれど穏やかに、自分の洗濯物と向き合っている。静かに回転するドラムを眺めていると、コインランドリー独特の音と、優しい洗剤の香りが、1日の疲れをゆっくり溶かし始めた。
50分の待ち時間。夕食をとりに外へ出ると、先ほどの男性がトラックの中で誰かと電話をしていた。ナンバープレートは長野。遠い町で何日過ごしたのだろう。彼は私たちに気づかず、静かに電話のお相手と話していたけれど、私は小さく会釈してその場を離れた。
袖すり合うも他生の縁。見ず知らずの人たちのさりげない親切に包まれた夜だった。
人生で初めて踏み入れた場所で出会った、名も知らぬ人々の温もり。コインランドリーの音と香りが、今もまだ、静かに余韻を刻んでいる。


