現代造佛所私記 No.262「小さな動物園」

木枯らしが、本格的に吹き始めた。
はらはらと紅葉した葉が山道に舞い、思わず車を停めたくなるほど美しかった。明日からは師走並みの気温になる、とラジオの天気予報が賑やかに告げている。

そんな寒さの入り口の日、時間をやりくりして、夫婦で娘の学校へ向かった。年に一度の学校行事、出張動物園がやって来る日だった。

運動場の一角が、まるでどこかの牧場をトリミングして貼り付けたような風景に変わった。やぎ、羊、ウサギ、パンダマウス、モルモット、鶏、烏骨鶏、そして大きくて利口な犬。冷えた空気の中で、それぞれが自由に動き、好きなように遊んでいた。

触れ合いの前には、動物園の職員さんによる授業があった。

野生動物との距離の取り方、むやみに飼ってはいけない理由、傷ついた動物を保護し、自然に返すという動物園の役割。

いくつかの法律名は、子どもたちにはまだ難しい漢字も多かったはずだ。それでも、その根にある思い「地球はひとつしかないのだから、できるだけ一緒に生きていけるように」は、静かに伝わっていったように思う。

「今日、野生動物に会ったことがある人?」
その問いかけに、手を挙げたのは娘ひとりだけだったという。

山奥に暮らしていると、ウサギや鹿、猪、穴熊、ハクビシン……必ずと言っていいほど誰かに出会う。秋が深まれば、夜中に鹿の甲高い声で目が覚めることもある。

わたしたちは、獣と人里の境目がゆるやかに混ざり合う場所に住んでいる。私たちにはそれが日常でも、同じ町の中でも、少し場所が違えば見えている世界はまったく違うのだとあらためて思う。

触れ合いの時間になると、子どもたちの表情がいっせいに明るくなった。モルモットの心臓の音に耳を澄ませ、ウサギの背をそっと撫で、羊と歩幅を合わせて小さく散歩する。豚の背に勢いよく飛び乗る鶏と、まるで気にする様子もない豚ののんきさに、あたりが笑い声で満たされた。

子どもたちの視線も、手つきも、どれも柔らかくて、眩しい優しさに満ちていた。

帰り際、トラックに乗せられた動物たちがゆっくりと学校を離れていく。子どもたちは、いつまでもいつまでも手を振っていた。

その光景が、冬の始まりの風にすっと溶けていった。