現代造佛所私記 No.261「舞台袖の温度(後編)」

(前編はこちら)

やがて開演のブザーが鳴り、舞台が始まった。

影アナウンスの場面で、音響スタッフさんがブザーを鳴らすその刹那、フリーアナウンサーの大黒久美子さんの手元がすっと動き、マイクが音源から離された。たった数秒の動きだったが、舞台が始まる空気を守っているのだ。ああ、プロとはこういうことなのだなぁと思った。

演目の合間にも、大黒さんは何度もスタッフさんや私に段取りを確認してくださった。共有されている流れを大切にしながら、その上で柔軟にその場の最善を迷わず選び取る姿に、何度も胸を打たれた。

休憩中、ロビーで楽器の質問コーナーがあった。本来、直接の関わりはないはずの大黒さんが、電熱器を抱えていらした。笙に必要な機材だが、その場に応じて動いてくださったのだろう。本来の役割だけでなく、「いま、この場をより良くするための最善」をいつも選び取る。そんな姿が、他にもいくつもあった。

長い年月をかけて育まれた「現場の身体知」を、目の前で見せていただいたのだと思う。

終演が近づいた頃、大黒さんがこんなご提案をくださった。

「最後、私一人で出て挨拶する流れになっていますが、吉田さんも出た方が良くないですか?何も話さなくていいので、一緒にお辞儀しましょう。並んでご挨拶したほうがきれいだと思います」

お客さまから見れば、確かにそうだと思った。幕が静かに降りていくあいだの数秒、お辞儀をしながら、お役を果たせた安堵と喜びで胸がいっぱいになった。

私は学生劇団で少しだけ発声を学んだ程度で、こうした動きは知らなかった。今回ご一緒した方々の仕事には、舞台を立ち上げていく人のあるべき姿が刻まれていた。

もしも、これからまたMCや講師の仕事をいただけたなら、今日のひとつひとつを思い返して、さらに良い舞台、良い講義をつくっていきたい。

名前の読み。アクセントの置き方。声の温度。状況に合わせて動く身体。そして、場をあたためるための小さな一手。

いただいた助言と所作が、舞台が終わった後もなおはっきりと思い出される。