現代造佛所私記 No.258「名画の中を歩く」

朝、娘と並んでバス停までの道を歩いた。

ここ数日で、山の色づきが一気に進んだように思う。娘は、手編みの赤いマフラーを巻いて、私のポケットに手を突っ込んで歩く。

4年前、彼女がまだ幼稚園生だった頃に、100円ショップで自分で選んだ赤い毛糸。小さな手に乗せて「これでマフラー編んで」とねだられ、春が来る前に急いで編んだものだ。いびつな編み目も、制服と合わせると、案外気にならない。

ふと見上げると、いつもは意識しない山の上の方まで、視線が吸い上げられた。

「黄色だね!」

娘が、はずむ声で言う。

「本当、黄色いねぇ。あ、あっちも見て。オレンジ、赤……それに緑もきれいだね」

「本当だね!」

紅葉が目に楽しい。色の層が、下方の小川へ、そして秋空へと視野を広げてくれる。

「虹みたい」

小道のカーブを曲がりながら、娘がぽつりと言う。

「そうだねぇ」

この子には、紅葉が虹のように見えるのか。多分、大人なら「錦」と言ったかもしれないが、「錦虹(きんこう)」という虹を表す言葉もある。言葉は知らなくとも、本質を掴んでいる。

道すがら、柚子や橙が鈴なりになっている一角があった。娘がじっと視線を逸らさず、しばらくして口を開いた。

「お母ちゃん、あそこ、セザンヌの絵みたいだね」

「ほぉ、セザンヌ!自然の中のセザンヌね。今度、その絵を見せてくれる?」

そう返すと、娘は嬉しそうに「うん!」と頷いた。

娘の目には、いま見えている秋の景色と、名画の風景が自然に重なって見えているらしい。美しい世界をまっすぐに見つけられるその感性を、私は少し羨ましく、そしてとても愛おしく思った。

黄金色の葉、光を抱く柑橘の実。

朝のキラキラと眩い錦虹の世界が、胸の内に豊かな彩りを与えてくれた。

今日もまた、一日がはじまる。

アイキャッチは、家の前の小川の向こうのゆず。こちらも鈴なり。今年は実ものが豊作。