大学時代、私は学生劇団に所属していた。毎日のように発声と滑舌の練習を重ねた日々だった。
稽古の基礎中の基礎として、私たちは歌舞伎の「外郎売」を繰り返し稽古していた。稽古の前には必ず、各々が一通りなぞる。ときには自分なりの芝居をつけて、皆の前で演じることもあった。新入部員の頃は、言葉の意味もわからぬまま、ただ音と言葉の勢いだけで読み続けた。「鼻濁音」の存在を初めて知ったのが、この外郎売の稽古だった。3年間で、外郎売は身体の奥深くに染み込んでいった。
卒業とともに劇団を離れ、看護師になり、作家秘書を経て、いまは工房を営んでいる。声を使わなくなって久しい。思い出すこともほとんどなかった、あの長台詞。
それが昨年の梅雨前、ひょんなことから日常に舞い戻ってきた。
茶道の講習会で司会を頼まれたのがきっかけだった。普段は黙々とPCに向かっているだけの生活だったから、少しでも皆様が聞き取りやすくなればと、久しぶりに外郎売を口にしてみた。
舌がもつれる。頬が久々に使う筋肉で、じんわりと重だるくなる。所々、思い出せない台詞もあった。けれど驚いたことに、ほぼ暗唱できた。身体は覚えているものだ。
本番が近づくにつれ、車での移動中にも自然と「拙者親方と申すは……」と口ずさむようになった。年齢とともに衰えた舌や頬の筋肉も、繰り返すうちにだんだんと滑らかになってくる。隣で運転する夫は「そこまでやるの?」と半ば呆れ、半ば笑っている。
面白いことに、娘もそれを真似しはじめた。
「おちゃたちょ、ちゃたちょ? ちゃっとた……?」
舌足らずであやふやな真似が可愛くて、可笑しくて、しばらく家族の間で早口言葉が流行った。
ところが、講習会の司会が終わってからも、外郎売は私のそばを離れなかった。
その後、茶道の大きな大会のレセプションで司会を務めることになり、それをきっかけに雅楽関係者から演奏会のMCを依頼され、同じ時期に、100〜200人の前で講師として話をする機会も増えてきた。
それぞれの本番が近づくたびに、外郎売が神出鬼没に現れる。
意味も知らずに読み上げていた頃、外郎売はただの早口言葉のように感じていた。けれど今、あらためて声に出すと、言葉遊びの妙や場面の軽やかさに魅せられる。
薬売りの口上がもつ、どこか人懐っこい調子。声を使う人々に、今も愛され続けるのには理由があるのだと、ようやく腑に落ちた。
外郎売を口にするひと時は、あの頃の舞台前の心地よい緊張感や、舞台上の夢のようなひと時と、不思議に接続する。独特のロスコの香りまでもが、鼻腔に蘇る。
芸は身を助くというけれど、少し齧った何かが、後々思わぬ道を開くことがある。学生時代に、ちょっとした出来心で足を踏み入れた芝居の世界に、こんな形で助けられる日が来るとは思わなかった。
そうか、あの時の外郎売は、遠い未来でこんな風にひょいと戻ってくることになっていたのか。
今、どうしてこんなことをしているのだろう?と不思議に思っているようなことも、きっと未来のどこかに接続しているのだろう。
人生とはつくづく不思議なもので、そしてきっと、捨てたものではないのだと思う。
※アイキャッチの写真は、文化ネットさんが公開されている外郎売の台本を印刷して撮影したものです。文化ネットさんのサイトには、外郎売の練習用台本や、バリエーション豊かなお手本音声もあります。ぜひ検索してみてください。


