生涯大学での「仏像と人の物語」は、今日で6組目を数えた。
クラスが変わると人が変わる。当たり前のことだけど、教室の空気は毎回違う。それぞれにはっきりと個性がある。一方で、同じところで笑いが起こり、似たような場面で目頭を押さえる方が現れる。人の心が響き合う場所というのは、そう変わらないものなのかもしれない。
今日は、そのようなこととは別次元で、いつもと大きく違うことがあった。
100名ほどと言葉を交わしながら授業を進めるうち、気がつけば時間は予定を超えていた。用意していた動画を流す時間が、すっかりなくなってしまっていた。楽しく話しているうちに、いつの間にか時計の針が思った以上に進んでいた。時計を見る我目を疑った。こんなことは初めてだった。
生涯大学の皆さんは、どのクラスも温かい。学びへの姿勢が眩しいほどにまっすぐで、そんな空気に包まれていると、私もつい気持ちが和んで、予定にない話まで口をついて出てしまう。もはや講師というよりも、友人と分かち合いながら皆でひとつの物語を紡いでいるような感覚になる。それが高じて、こうなってしまった。
幸い、紹介しようとした動画は当工房のyoutubeチャンネルにもあげている。そのことをご案内して、駆け足で締めくくった。
授業の始まりには、このクラス恒例のお誕生日コーナーがあった。11月生まれではない私まで、一緒にお祝いしてくださる。手づくりの折り紙のかご。小さな贈り物。そのあたたかな心づかいが、なんともいえない。
そして最後に、クラス代表の方が笑顔で声をかけてくださった。
「次はパート2をお願いしますね」
その一言が、とても嬉しかった。
これまでは「四国で出会った 仏像と人の物語」というタイトルだったのを、今回から「四国で出会った」を外した。
この物語が四国を超え、県外へ、そして海外へと静かに広がっているからだ。人と仏像をめぐる物語は、県境を越え、国境を越え、そして時を越えてつながっていく。
だれかの大切な人生の一頁を、尊いものとして生涯大学の生徒の皆様のように、受け取ってくださる方々がいる。なんと稀有で、あたたかいことだろう。
私は仏師でもなければ、仏像の研究者でもない。そんな立場で、仏像制作と修理にまつわる現場を、9年間目撃しつづけてきた。だからこそ語れることがあるのかもしれない。そう気づいたのが、このシリーズだった。
以前、生涯大学の講義のあと、電車の中で当工房の話をしていたご婦人がいたと、お客様から聞いたことがある。
そんなふうに、「仏像と人の物語」が誰かの心に息づき、そこからまた誰かへ渡されていく。もしそれが知らないところで起こっているのなら、これほど嬉しいことはない。
いつの間にか私は、「仏像と人の物語」の語り部になっている。まだまだ、分かち合いたいエピソードが山ほどある。
当事者の方にご協力いただきながら、また紡いでいこう。
そんなふうに感じた、晩秋の一日だった。


