玄関先のプランターには、バジル、ミント、パセリ、タイム、ローズマリー、ラベンダ──。
小さな庭のように、いくつものハーブが根を張っている。
始まりは、実家からもらった一本のローズマリーの枝であった。短い枝先から根が出て、気がつけばすくすくと育ち、いまでは凛とした香りを放つ。
ラベンダーは一度枯れかけた。廃棄しないといけないだろうかと手に取った瞬間、立ちのぼった香りに命を感じて鉢に戻した。今でも季節の変わり目になると新芽を出し、花を咲かせている。その姿を見ていると、あきらめずに寄り添うということが、どういうことか分かるような気がした。
タイムは百円の小さなポットから始まった。三年経った今も元気に葉を広げ、ご近所から回ってくるジビエには欠かせない香りを添えてくれる。
バジルは、家族の好物のピザトーストやパスタに香りを加えたくて植えたものだ。ぐんぐん伸びて、今では背丈二尺を超える。休みの日の朝、娘にボウルを渡し、「おいしそうな葉っぱを取ってきてね」と頼む。摘みたての葉をのせるだけで、朝食が特別な一皿になる。「ああ、いい匂い」と夫や子どもの声が食卓に広がる瞬間が、何よりのご馳走だ。
ミントは実家から細い枝を分けてもらった。こちらの気候が合ったのだろう、今では実家以上に茂り、茎も葉も太い。庭先で風にそよぐ緑は、爽やかな香りで一日の始まりを告げてくれる。
これらハーブたちと、朝、娘をバス停まで送ったあとに、対話する。
土の乾き具合や新しい芽の様子を確かめるのが習慣になった。葉を撫でれば、香りで「元気だよ」と答えてくれる。
夏の終わりには、白や薄紫の小さな花々が揃って咲いた。派手さはない。けれど静かな可憐さに心が和む。ハーブを通して「いい匂いだね」「おいしいね」と交わす会話が増えた。それが私にはなにより幸せだ。
畑ではこぼれ種から芽吹いたパクチーも育っていた。だが、ほかの旺盛な植物に埋もれてしまった。今度、プランターに移してやろうと思う。葉がたくさん出たらミントと合わせて、吉田の得意なビリヤニを作ってもらおう。そんな日を思うと、胸がふくらむ。
ほんの小さな苗やひと枝が、こんなにも健やかに育ち、日々の暮らしを豊かにしてくれる。その驚きこそが、私にとってハーブからのいちばん大きな贈り物だ。


