現代造佛所私記 No.181「突然鮮魚」

山のふもとから、山の畑に毎日上がってくる方がいる。

その方は時折、採れたての野菜や果物を手に我が家を訪ねてくださる。今日は「沙織さーん、魚捌ける?」と玄関先から元気なお声が聞こえた。

捌けると聞くやいなや、その人は右手でがっしり魚の尾の根元を掴んで、左手で頭部をそっと支え、一匹まるごとの鮮魚を娘の差し出したボウルに入れてくださった。

「新鮮やき、刺身でも!」

ピチッと固くなった魚が、ツルツルボウルの中で滑るので、娘とわあわあ言いながら台所へ運んだ。

この土地では馴染み深い魚だが、店には出せないサイズらしい。刺身でも、フライにしても美味しい地元の味だ。娘も夫もその魚のフライが大好きなので、今夜の食卓は自然と決まった。

この山の暮らしも、気づけば五年になる。

日々、山奥にこもって作業場と自宅の往復ばかりしている私たちに、地域の皆様があるときはイノシシやシカのジビエを、またあるときは大量のナスやピーマン、トマト、椎茸を、どさりと持ってきてくださることがある。

ときにこうして、海のものまでが届く。本当にありがたいことだ。

そんなお裾分けは、突然家の戸口を叩き、暮らしの流れを変える。晩御飯の予定を変え、出かける段取りをずらし、思いがけない恵みに従うことになる。

その変化は、不思議と心地よい。

半年あまり、仕事に追われてリズムを崩し、健康的な生活から遠ざかっていた。規則正しい時間に眠ることも、食卓を丁寧に整えることも後回しになりがちだった。そんなときにやってくる恵みは、自然のリズムに身を委ねる心地よさを思い出させてくれる。

ぱちぱちと油の中で弾ける音に耳を澄ませながら、集中の安楽がこころをほぐしていく。山と海、隣人と家族、そして自分自身が、同じ流れの中で呼吸しているようだ。なんと楽しいリズムだろう。

フライは大成功だった。

娘など、歓喜の声を上げながら頬張っていた。そんな家族の顔を眺めながら、この揺らぎを、もう一度暮らしの軸に取り戻したいと、静かに、しかし強く願った。

(アイキャッチ画像は、随分前にいただいたお裾分けの魚。今回は、シイラを頂いたが、すぐに調理したため写真がなかった。Yさん、いつもありがとうございます!)