現代造佛所私記 No.180「看板娘の課外授業」

工房の看板娘は、本日始業式。

彼女のこの夏の自由研究は、家(と作業場)にある接着剤をテーマに、接着強度を調べる実験だった。

身近なスティックのりや木工ボンドはじめ、縄文時代からある漆、仏像製作・修理に使われる膠、米を練ったものなど、さまざまな接着剤を取り上げた。

どの材料にどの接着剤が強いのかを比べるため、父と作った手製の引っ張り検査台を使って、輪ゴムの伸びをはかる。さらに、温度や湿潤環境での変化も観察した。

予期せぬこともあったが、それも含めて得られた結果は新鮮で、娘なりにまとめ上げ、無事に提出を終えたのが今朝のことだった。

この接着実験をしている最中、私が作った焼き物の箸置きが割れているのを発見した娘は、「これ、漆でなおす」と言った。

始業式後の午後を、その作業に充てる。娘はやや高めの作業台の前にたった。吉田仏師の監督下、生漆に小麦粉を混ぜてヘラで練り合わせる。娘は「わぁーチョコみたい!食べたぁい!」と笑いながら、でも手元は真剣に練り合わせていた。ヘラを竹串に持ち換え、箸置きの割れ目に慎重に塗り広げていく。父親から、厳しくかぶれのことを言い含められているからだ。

そして、箸置きは再び形を取り戻した。漆の茶色いラインが、娘にとってかっこいいらしい。が、なにやら視線を泳がせている。「んーと、金はないの?」と娘。どうやら金継ぎしたかったらしい。更なる装飾体験は、またのお楽しみとなった。

「じゃ、このまま1週間くらい置いておこうね」吉田仏師がそっと箸置きを隅に置く。漆が固まるのを待つことになった。自由研究では、漆が固まる前に強度実験を行ったため、瞬間接着剤に強度No.1を譲ることになったが、娘は「しっかり固まっていたら漆が強かったんじゃないか」と考えていた。

それは、我が家の漆で注がれた食器たちが、何年も実用に耐えているからだ。

余った漆に檜のおがくずを混ぜ、「木屎漆」づくりに挑戦した。粘土のようになった木屎を見て「わー!美味しそう!!」と娘。椎茸やクッキーのかたちをこしらえては楽しみ、吉田から「仏像修理では、こうして隙間を埋めるんだよ」と教わると、「面白〜い」と笑顔を見せた。

実験を経て、好きな接着剤ランキングも入れ替わりがあったようだ。No.1の座は相変わらず木工ボンドらしいが、No.2は同点で漆と膠になったそうだ。接着力が強いのと、色やテクスチャが美しい、そして何より、「昔からあって、すごい!」とのこと。何百年という時を経てモノづくりを支える材料の確かさに、小学生なりに心を動かされたのだろう。

今回の実験を終えた時、考察を経た瞬間、彼女はハッとした。「オカリナが割れても、置いておけばよかった!漆で直せたかもしれないのに」と悔しさを滲ませた。

2年前、大阪の国立民族学博物館の売店で一目惚れしたオカリナ。遊んでいて割ってしまったのだ。その時、セロテープやのりで直そうとしてうまくできなかったことが、今回の研究の動機となった。

「どうして工作ではテープやのりはしっかりくっつくのに、オカリナはつかなかったのか?」あの時の小さな疑問が、一つの仮説につながった瞬間だった。

この小さな箸置きの修理は、オカリナをなおせなかった悔しさや喪失の体験を、ものづくりや手仕事の豊かな体験へと開いてくれたに違いない。

いずれまた、金継ぎの機会をとらえたい。日本の素晴らしい知恵と技に、彼女と共に驚きたいと思う。漆のゆっくりと乾く時間とともに、娘の未来に確かな学びが積み重なっていくことを願っている。