現代造佛所私記 No.174「夏、暮れゆく」

今シーズン初めてのかき氷。家族で隣の市まで出掛けて、2年越しに堪能した。

夫はドライフルーツのかき氷。娘はココナッツのかき氷。私は濃い抹茶のかき氷。
涼やかな甘さをそれぞれに堪能する。朝晩少しだけ涼しくなった数日、盛夏に味わいたかったというのが正直なところだが、夏休み中にこうして揃って楽しみを分かち合った。

店を出ると、夏が「まだまだ!」とムンとした湿気でまとわりつく。だけど、そこへ小雨がぱらつき、スッと風が吹き抜けていく。夏の幕が静かに確実に下りつつあるのを実感した。

帰宅後、夏休みで散らかり放題だった家を、三人でブルドーザーのように片づけた。娘の小さな宝物——ビーズやシール、カプセルトイのおもちゃたちを、本人と仕分けていく。最初は、どこからどう手をつけて良いのか途方に暮れていたが、手を動かすうちに弾みがついてきた。

今までどこに隠れてしまったのかわからなかった、消しゴムや鉛筆、ヘアゴムがあちらこちらから転がり出てくる。あっという間に、鉛筆は50本。消しゴムは7個。ヘアゴムは5個になった。

これを使い切るまでは、新しいものは買うまい。

ただ、私や夫の目には非効率に思える整理の仕方にも、彼女なりの秩序があるらしいことは、大切にしたいと思っている。

「こうすると後で見つけやすいよ」「ふむふむ」
「これはいる?」「もういらない」
「これは?」「いる!」「じゃあ、その仲間のところに入れてあげて」

そんな会話を重ねながら、どこに何を置きつけていくか、どうしてそこに置くのか、話しながらどんどん手を動かした。

気づけば四時間。部屋は見違えるほど整った。

昨日、娘に「もっと小さい時は、お母さんもっと長く一緒にいてくれたよね」と言われた。胸が痛む。

せっかくの夏休みだというのに、複数案件を同時進行していて、十分に構ってやれなかったのだ。

それを思うと、今日は長い時間を共に過ごせた。娘がどう感じたかわからないが、ブルドーザーのような片づけが、祭りのように思えてくるのだった。

目処が立ち、小腹を空かせた娘に大好物のナポリタンを振る舞った。

「美味しい!」

あっという間に平らげ、口の周りを赤く染めている。数時間拗ねもせず、大掃除をやりきったあとのその笑顔。なんともいじらしいことだ。

整理整頓は苦手でもいい。その素直さを失わずに育っていってほしい。
夏の終わりに重なる娘の横顔は、まぶしく、いとおしかった。