Throw up into your typewriter every morning.
Clean up every noon.
— Raymond Chandler
心の中にあるのは、いつも豊かな混沌。なのだと思う。
その混沌のなかから一掬いしたもの、それはさらに指の間からこぼれ落ち、手のひらにほんの少しだけ残っている。
このコラムは、混沌の残滓(ざんし)でできている。
一日を終えつつある、夜の十一時。
私は、おもむろにその残滓を言葉にしていく。
そこには、「何かを生み出すぞ」という気負いはない。
イメージに近いのは、道ばたで摘んできた野花をより分け、小さなグラスに気楽に活けるような作業だ。
少しだけ、丁寧に。けれど、肩肘張らずに。
その日を、ちょっと飾ってみる——そんな気持ちで。
気づけば、そんな日々を170日以上、続けている。
すごいね、と言ってくれる人もいる。だけど、「毎日、野の花を活けている」と思えば、それはべつに、大げさなことでもない。
なんでもないその日のなかから、なにかを「摘んで」、気楽に液晶の上で「活ける」。ただ、それだけのこと。
見てくれる人がいるかどうかは、あまり気にならない。
自分の部屋の片隅に、小さな花が活けられているだけで、ふと気分が良くなる。そんな気配が、日々の隅にあるだけで、私は少し、ほっとするのだ。
このコラムは、いま、そんな存在である。
I throw up into my typewriter every night.
And clean up every midnight.
— Saori


