昼下がり、実家の和室でひとり龍笛の稽古をしていた。
床の間にはお盆の飾り。金蘭の敷物に、大日如来を中心とした十三仏の掛け軸、位牌や果物、お菓子が並んでいる。ほのかに漂うお線香の香りが、しっとりと空気を満たしていた。ここは、私が生まれるずっと前から、ご先祖さまを迎え、送り続けてきた場所だ。
龍笛もまた、古い時代から息とともに受け継がれてきた音色を持つ。今日は、その音を求めて地元の高校生と稽古をする日だった。
「こんにちはー!」
時間ぴったりに、白いシャツに白いパンツ、長い髪をきゅっと結い上げた彼女が玄関に現れた。
娘でもおかしくない年齢の彼女と向かい合い、越天楽、五常楽急、陪臚、そして平調音取をおさらいする。築百二十年を超える日本家屋の煤けたヒノキの梁や柱をたどって、龍笛の音が広がり、障子や畳に静かに染みていく。
彼女が少し苦手だったセメの音が、今日はすっと立ち上がった。旋律が立体的に広がり、毎回会うたびに上達しているのがわかる。一人でも稽古を重ねているのだろう。
二人の音が重なると響きが増幅し、より遠くへ届くようだった。師匠から受けた教えを、そのまま伝えるべき時がきたと思うときに伝えている。そんな瞬間、まるでここに師匠も共にいてくださるような気がする。それは、血縁とも少し似た、音の縁だ。
唱歌を歌うときは二人で膝を叩き、彼女が吹くときは私が一人で拍子を刻む。乾いた音が膝に響き、音色と重なっていく。クーラーをかけても、夏の湿度と、二人で作る場の熱気で、和室はじわじわと温まっていった。
小学校の音楽の授業で雅楽を初めて聴き、その感動を胸に「いつか吹きたい」と彼女は願い続けてきたという。諦めず、心を開き、素直に上達を喜ぶ姿が尊い。「やったー!」「よっしゃ!」と見せる快心の笑みが、こちらまで爽やかな気持ちにしてくれる。
途中、家族が出してくれた葡萄を一緒に頬張り、また稽古に戻った。笛を手に譜面を挟み、二人で笑い合う。その音と笑顔は、ご先祖さまから続く大きな流れの中で、また次の世代へ渡されていくのだろう。
ちょうどそのとき、遠くに住む甥っ子たちがドヤドヤと現れた。お盆のしつらいの前に集う、健やかで賑やかな一コマ。
世代を越えて受け継がれるもの。
今、目の前でその継承が起きている。
(アイキャッチ画像は、昨年8月、産土神社での稽古の様子)


