夕食後の台所は、食器の音と水音で少しざわめいていた。
育ちすぎたバジルを、娘にボウルいっぱいちぎってもらい、ジェノベーゼパスタにした。美味だったが、思いのほかオイリーだった。
「なんかさっぱりしたものが欲しいなあ」
食後、夫が呟き、冗談めかしつつ本気の顔で「今から買い物に行こうかな」と言った。
最寄りのコンビニまで、車で片道30〜40分。夜道はもう獣の世界だ。
私は、こういうときは決して止めない。
「うん、行ってきたら」と応じたその瞬間、居間にいた娘が駆け足で土間までやってきた。
私たち夫婦が向かい合っているところに、横から割り込むように
「どこ行くの?」と目を輝かせて身を乗り出した。
こんな時間にだめだよ、と諌める夫に、怯まず行くと靴を履く娘。夫も、普段ない夜のドライブに娘と出かけるのは満更でもないらしい。あっさり二人して車に乗り込んだ。
玄関先は夜の気配でいっぱいだ。虫の声に満ち、灯りに集まる羽音でざわついていた。
虫が入り込まぬよう、夫は「行ってくるね」と言いながら戸をサッと閉め、エンジンをかけた。
「イノシシに気をつけてね」と声をかけると、「イノシシをひいちゃったらどうなるの?」と娘がどちらにでもなく訊いた。
「ひくというか、ぶつかったら車が壊れちゃうよ」
「ええー!」
父娘の会話は、すでに夜の冒険の始まりだった。
街灯もほとんどない山の曲道を、ハイビームに浮かび上がる虫たちをかき分け、FMラジオをBGMに降りていったに違いない。野うさぎや鹿、猪にも出くわしただろう。
店に着けば、アイスの前で「これもいいね、あれもいいね」と胸を膨らませたことだろう。いくつも買い込んで帰ってきた。
私は台所で片づけやタスクを進めつつ、二人の姿を思い浮かべていた。
父と娘の、夜更けのドライブ。
山を下りて街へと向かう、その短い非日常。
晩夏の気配のなかで、それは季節外れの蛍のように、記憶の中でポチリと小さく灯っていくことだろう。
幼い頃のそんな夜が、私の中にもいくつか。
あなたの中にも、きっと、あるのではないだろうか。


