現代造佛所私記No.94「雅楽研修」

まだ夜が明けきらぬうちに目を覚まし、台所の灯りの下で朝食を整える。

白湯を一口流し込んでは、片手でスマホの通知を確認する。メール、チャット、幾つかの確認事項。まだぐっすり眠っている娘の頬をそっと撫で、小さくささやくように「いってくるね」と起こさないように声をかけたのに、娘は目を閉じたままうなづいた。

そっと布団を離れると、髪をキュッと一つ結びにし、龍笛と譜面を確認して、私はそっと家を出た。

目指すは、愛媛県神社庁。

雨に濡れた道路を黙々と西へ向かう。運転中、ふと思いが巡る。雅楽の舞台裏には、無数の段取りと手配がある。今日のこの研修もまた、きっと目に見えぬ多くの人の準備と気遣いが積み重なってのことだろう。遠方に暮らす私にまで、丁寧なお誘いが届いた。そう思うだけで、自然と背筋が伸びる。

会場に入ると、すでに何人もの参加者が揃っていた。初めて参加した昨年にお会いした方も何人か見えていて、挨拶を交わした。

習熟度も背景も異なる私たちが、同じ場で、同じ旋律を目指す。先生方の采配は見事だった。個々の癖や改善点を的確に捉え、その場でアドバイスくださった。

課題曲には、お馴染みのもの、久しぶりのもの、そして初めて触れるものもあった。途中、自分では気づけない肘の角度や、歌口と唇の微妙なずれ。ひとつひとつ、先生がさりげなく言葉を添えてくださる。

昼食には、ボリュームタップリの弁当が用意されていた。デザートまでついていて、思わず笑みがこぼれる。

何時間にも及ぶグループでの笛の稽古。個人ではなかなか持てない時間だ。息を合わせるそのひとときは、日々の忙しさから心を遠ざけ、ただ音に向き合うことを教えてくれる。

いただいた修了証に目を落とした。途方もない笛の道、今日はまたその一歩になったのだと、心地よい疲労の中にほのかな喜びがあった。

連日の寝不足を甘くみず、帰路は急がないことにした。余裕を持って休憩を挟みながら車を走らせたので、帰宅はすでに21時半を回っていた。

静かな山中の自宅は、暗闇に宇宙船のように浮かんでいる。車のエンジンを切ると、玄関先に人影があった。夫が猫を抱いて立っていた。娘の声が響く。「おかえり!Yちゃんね、もう寝るだけだよ!」

娘は、今日やるべき何もかもを済ませ、それを誇らしげに報告してくれた。

私がこうして学びに出かけられるのは、家族の理解と応援があるからだ。家の灯りに迎えられながら、私はそのありがたさを、胸いっぱいに噛みしめていた。

秋冬には、新たな舞台が待っている。また、新たな挑戦が始まる。