日曜市の通りを歩く。嵐が過ぎた後の陽射しは強く、赤いテントを通してオレンジ色が差し込んでいた。
ドイツ人インターン生・Mariekeたっての希望で、今日は高知市の日曜市へ。目当ては、包丁。大切なボーイフレンドへの贈り物なのだという。できれば彼の兄弟の分も──と、小さく笑いながら言った。
赤い看板に白い文字。店先には、整然と並んだ土佐打ち刃物。彼女はまっすぐ吸い寄せられていった。
「これは何センチ?これとこれはどう違うの?」
熱心に質問を繰り返しながら、出される包丁を次々と見やり、丁寧に確かめていた。意思疎通を助ける程度の通訳をする私を介して、店主とのやりとりには自然な呼吸が生まれていく。
でも、すぐには決められない。ボーイフレンドや、その兄弟にチャットで確認を取っているらしかった。ドイツは8時〜9時くらい。朝一番には連絡は取りづらそうだった。「ちょっと考えてもいい?これ、お取置きできる?」と確認し、遅い昼食をとることにした。
ハンバーガーを頬張る。決断の前に腹ごしらえ。「あなただったらどれを選ぶ?」「それはなぜ」と吉田仏師にに問攻め。「まぁ好みじゃないかな」と夫。「軽い方が扱いやすいんじゃないかな?」横で私も楽しい。
食べ終わったMariekeの表情は、さっきとは違っていた。
金物屋でいくつかの包丁を見つめながら、はっきりと「これにします」と言った。
店主は黙って新聞紙を広げ、丁寧に包んでくれた。「贈り物のシールを選んじょってよ」とひとこと添えて、シールのファイルを渡してくれた。値引きをしてくれ、粗品もつけてくれた。
包丁と一緒に、今日という記憶も包んでもらったような気がした。
記念に一枚だけ写真を撮る。陽射しがまぶしく、ふたりとも少し目を細めていた。
買い物を無事済ませた後、、「Lets’s go home!」というと、「Yah ! 」はっきり Mariekeが子どものように笑った。何気ない一声だったが、それはすでに“帰る場所”としての響きを持っていた。
帰りの車中では皆ぐったりしていたが、9歳の娘が「しりとり、しよう」かと声が上がる。
日本語、英語、ドイツ語が入り混じる、ゆるやかで愉快な時間。文化も国も違うけれど、何気ない遊びの中で、確かに「いま、ここにいる」ことの確かさが満ちていた。
「Marieke、ずいぶん慣れたな」そんなふうに思った、ひとつの静かなワンシーン。
贈り物を選ぶ時間は、思いやりの時間。誰かを想いながら選ばれた道具は、その人の日常に溶け込んで、見えない糸のように心をつないでいく。
そういうものを、人は「よい買い物」と呼ぶのかもしれない。