現代造佛所私記No.82「インターン(9)」

今日は朝から、文化財指定を受けた仏像の閉眼供養と引き取り、そして仏像調査があり、ドイツ人インターン生Mariekeとともに、お寺へ向かった。

雨の予報だったのが、不思議と空が明るくなり、美しい朝になった。

お寺の皆様、市の文化財担当・審議委員の方々、私たち工房関係者が、古い本堂に集まる。境内には雨上がりの靄がたちこめ、朝日が新緑に滲むようだった。

水をたっぷり含んだとろんとした風に、ヒノキの香りが混じっていた。

「Beautiful」とMariekeは小さく呟いて、深呼吸した。

堂内では、法要と調査のため、いくつかのお像の移動が始まる。来歴やお祀りの背景について住職からお話を伺いながら、手を動かす。

やがて、閉眼供養が始まった。

閉眼供養とは、仏像の修理や移動にあたって、一時的に御仏にお休みいただくための儀式である。まるで手術の前に麻酔をかけるように──その存在を“生きたもの”として丁重に扱っていることがよくわかる。

皆が坐し、読経が響き、順に焼香する。Mariekeも、見よう見まねで合掌し、祈りの輪に静かに加わった。

法要の最中、さーっと雨が降り出した。本堂の輪郭が一段とぼやけ、読経と太鼓の音と雨音が響きあっていた。

不思議なもので、仏像の搬出やご安置のときには、どれほどの悪天でも、その時間だけ空が開けることがある。この日もそうだった。

法要の後、Mariekeと少し境内を歩き、太平洋を臨む展望台へ。海と空のあいだで、海岸線を描くように家々が寄り添い並んでいる。Mariekeは水平線を見つめながら、眩しそうな目をして微笑んでいた。

夜。ザルうどんをすすりながら、「今日はまた珍しい体験をしたね。どう感じた?」と訊ねると、

「多くの古い仏像があって、たくさんの人が敬意をもって接していた。それがとても美しかった。そして、読経の声と太鼓の音に、あの雨…緑が濃くなって、幻想的だった」

その声に、偏在する仏、八百万の神々を “あるもの”として丁寧に扱う日本人の姿への、静かな感動の余韻が滲んでいた。

「たくさん質問したいけど、ドイツ語じゃないからもどかしい。でも、本当にたくさんのことをあなたたちから教わっている」

Mariekeは胸に手を当てて言った。

「この短期間のうちに、あなたは本当にたくさんのよき機会を得ていると思う。仏縁…仏縁ってなんて説明したら良いのかな?」夫と顔を見合わせながら、考えた。

「”Butsu-en” is a Buddhist term that refers to a spiritual or karmic connection—a sacred bond believed to be guided by the Buddha.」

仏縁とは、仏の導きによって結ばれるご縁のこと。まさにこのインターンシップがそうなのだと、改めて思う。

あと一週間。

仏像を取り巻く、日本人のあり方や態度を目の当たりにしたMarieke。彼女の残りのインターンシップ期間に、どんな出会いまっているのか楽しみだ。