今朝からたっぷり雨が降った。雨に洗われて、庭の緑はぐっと深みを増している。
吉田仏師が不在の昼どき、今日はドイツからのインターン生・Mariekeと二人だけの昼餉である。
中央にどんと置いたバゲットの山。銘々の小皿にオリーブオイルにバルサミコ酢、粗塩をひとつまみ。野菜や卵を盛ったワンプレート、そしてフルーツ。
さあ、今日も楽しもう!
互いの家族のこと、彼女の恋人のこと、得意料理のこと──。日本語、ドイツ語、英語を織り交ぜながら、たくさんのおしゃべりをした。
言葉はつたなくとも、話したいことに朧げな輪郭があれば通じることを知って、程よい余白のある和やかな食卓を囲んだ。
Mariekeのインターンは、イタリア、日本、そして次はノルウェーの木彫家のもとへ続くという。どうやって工房を見つけているの?と尋ねると、「インスタグラムで、“この人から学びたい”という人を見つけるの」とにっこり。
食後、抹茶をいただく流れになった。宇治にするか、八女にするか。それが問題だ。彼女の選択は「今日は八女、宇治は明日」と堅実だ。
土間で即席の茶席が生まれた。
「お抹茶」「お茶筅」「茶杓」「茶筅立て」──この一週間で、Mariekeの日本語は驚くほど滑らかになった。
私が一服点てたあと、彼女も茶筅を手に取り、見よう見まねで点てる。これが実にうまく、私も美味しくいただいた。
茶葉の輸入販売店の実家で販売もしているMariekeは、質問も具体的だ。
「煎茶は、70℃くらいのお湯で入れるが、抹茶は違うの?」話題はお茶の温度へと移る。
──抹茶は煎茶より熱いお湯で点てた方が美味しいですね。90℃くらいかな。玉露はもっと低いですよね。それぞれ美味しい温度が違うのも面白いです。熱いのが苦手なお客様には、少し釜に水を差して点てたりします。
新茶をいただくのは11月。5月に茶摘みされて、その後熟成期間を経て11月に茶壷を開封するんです。だから、茶人にとって11月がお正月なんですよ──
Mariekeは熱心に耳を傾ける。
やがて、三千家の違いや、点前の違いについても質問が出た。ざっくりとした説明をしたあとで、「でもね、いかに美味しくお茶をいただくかという点で、皆同じ目的に向かって洗練されてきました」と言うと、彼女は深くうなづいた。
そしてひと呼吸して、神妙な顔つきで口を開いた。
「西洋の人が弓道やお茶をやるのは、文化の盗用になると思う?」
私は考えるより先に「No」と答えていた。この言葉には複雑な要素が絡んでいることや、実際の事例もいくつか知っているが、彼女と分かち合ってきた文脈において、Noだった。
「なぜなら、茶道や弓道が目指す世界は、”人間”にとって良いものだと考えるから。そこに国籍は関係ない。No border」
「Yes, No border……」彼女は繰り返した。
文化の盗用か、尊重か。毎日、丁寧に交わされる互いの文化の違いやリアルな対話を通して、本質的な理解や敬意を前提とした「開かれた継承」を目指したい。
Mariekeは、自宅でナイフを茶杓の代わりに使い、黒竹の茶筅で点てているという。友人に茶道好きもいるが、作法は知らず、ただ“楽しんでいる”と。それが、文化の盗用ではないかと問うていたであろう彼女のまっすぐさを愛おしく思う。
「これはリペア?」と不意に彼女が私の飲んでいた茶碗を指さした。かつて私が割ってしまった茶碗。吉田が漆で継いでくれたものだ。
「金継ぎ」という方法もあるけれど、これは漆だけで簡素に仕上げている。彼女は「金継ぎ、知っている」と答えた。以前、動画で見て感銘を受けたという。
「日本の伝統文化は、本当に美しい」
しみじみと語りながら、再び再び作業場へと雨の小道をのぼっていった。