現代造佛所私記No.80「インターン(7)」

昨日は、私のお茶の稽古と、吉田の弓道の鍛錬の日だった。師匠や兄姉弟子からも受け入れてもらって、Mariekeを伴って稽古に向かった。

「Beautiful」「I’m fascinated」とつぶやくMarieke。異なるふたつの「道」の空気を感じたことは、良い経験になったらしい。

感じるものがあったのだろう。翌日、昼食を囲みながらMariekeの疑問が飛び出した。

「弓道場で、皆さんが日本の旗に向かって礼をしていたでしょう?あれはどういう意味?」

私たちは少し考えてから答えた。あの礼は、単なる国旗への敬意ではない。その場の「上座(かみざ)」──神や導き手、空間そのもの──への感謝と敬意の表れであり、心身を整え、修養を深めるための所作でもある。お茶室で繰り返した丁寧なお辞儀も、空間や師、道具や茶、菓子に携わった全てへの敬意をかたちにしたもの。

上座、下座の概念を説明するのも苦労した。

吉田が「弓道はじめ武道は“礼に始まり、礼に終わる”といわれる」と伝えると、彼女は相槌を打つ。しかし、祖国での生活の中にはない価値観のようだった。

Mariekeは、
「ドイツでは神聖な空間は教会だけ。他の場所でそんな風にする習慣はない」と話してくれた。日本のように空間のあちこちに神仏を見立て、祈るという文化は、あまり一般的ではないのかもしれない。

「どうしてそこに神様がいるってわかるの?」

Mariekeの問いに、私たちは、なんと説明しようかとそれぞれ思案した。

「私たちは、“神仏はこの宇宙に偏在している”と考えています。それは、目に見えずとも“在る”ものに祈りを捧げるという姿勢で、山にも、海にも、台所にも、トイレにも神様がいるとされます。たとえば、トイレには“烏枢沙摩明王”という守護尊がいるとされ、貧乏にだって神様がいるんですよ」

「…トイレに?貧乏に?」

像の画像を見せると、Mariekeは思わず「形があるんだ……」と呟いた。驚いた様子だった。

「なんだか難しい話してるね」と夫が和ませる。

神仏の依代として神棚や仏像を祀る文化。合理的な説明がつかないことも多いけれど、そうした精神文化が根づいた背景について話が及ぶ。

「これは、災害の多い日本の風土が背景にあるのかもしれません。自然への畏れと共に生きてきた中で、祈りや礼節の作法が文化として受け継がれてきたとも言えます。ドイツでは災害はどうですか?」

「めったにない。2年前に洪水があって、何人かが亡くなった。でも、それくらい」

「日本では、毎年のように災害があります。台風、地震、洪水…。そうした自然とともに暮らしてきたから、畏れや敬意をもって生きる態度として、そのような作法が伝えられてきた側面はあると思います。昨日行ったお茶の稽古場にも、輪島塗の棗(tea container)があります。輪島は、2024年の能登半島の震災で大きな被害を受け、職人たちも多くを失いました。災害が本当に身近にある。」

Mariekeは、はっとした表情でうなづいた。

「偏在する神仏へ祈り、神話を再現する祭り、神仏と対話し、己を振り返り…そうした営みが生活の随所に息づいているし、何にでもキャラクターを与えてしまう国民性もあるかもしれません。そして、お茶も弓もだけど、なんでも”道”にしてしまう。」

神仏を祀り、祈り、己を顧みる。その積み重ねが、暮らしの所作となり、「道」となっていく。お茶も、弓も、花も、書も、「道」として鍛錬と精神性を伴っていくのが、日本の面白いところだ改めてと思いながら話した。

神妙な表情のMariekeに、
「こんなに災害が多いけど、私たちはこの国土と自然を愛してるんですよ。クレイジーでしょ?」と笑うと、Mariekeもうなづいて、「アドレナリン中毒の人みたいだね」と笑った。

国も、文化も、祈りのかたちも違う。でも、こうして共に笑い合えることが、どれほどありがたいか。

インターンシップの“道”は続いていく。