現代造佛所私記No.75「インターン(3)」

娘は、ドイツからやってきたインターン、Mariekeさんに会うのを心から楽しみにしていた。

名前も顔も掲載して大丈夫です、と言ってくださったので、ここからはお名前も含め交流の様子をもう少し具体的に書かせていただく。

来日1ヶ月前くらい、娘は大きな画用紙を広げて私に尋ねた。「どうやって英語でMariekeさんの名前を書くの? “ようこそ”は英語でなんて言うの?」

手本と白画用紙を交互に見ながら、カラフルなウェルカムフラッグを一生懸命作った。大きな文字のまわりには、猫やコーヒーの絵。「大歓迎!」と聞こえてくるような、明るくやさしい絵だった。

実際に会ってみると、打ち解けるのに時間はかからなかった。 Mariekeも、娘のウェルカムフラッグを、大事に丸めて自室に持っていった。「今日はYはいつ帰る?」と、娘と会うのも楽しみにしてくれている。

夕飯ができるまでの隙間時間に、一緒にお絵描きをしたり、「好きな色は?」「好きな動物は?」と聞きあったり。言葉がつたなくても、伝えたい気持ちがいっぱいあることがわかる。

朝、通学バスに乗る前には、「待って、Mariekeさんにおはようって言ってきたいの!」宿泊所の前を通りすぎる瞬間に、小さく駄々をこねた。その話をすると、Mariekeも「Cute !」とても喜んでくれた。

夕方、Mariekeが龍笛を吹いていると、娘はおもちゃ箱からオカリナを取り出した。ふたりの音は決して揃っていなかったけれど、不思議と共鳴していた。

遠い国から来たお姉さん。ひとりっ子の娘にとって、Mariekeはやさしい親戚のお姉さんのような存在になりつつある。出会ってまだ数日しか経っていないのに、胸の奥に確実に居場所ができはじめている。

最初は恥ずかしがって私に抱きついて離れなかった娘も、今では自分から話しかけるようになった。

プレゼントを手作りしたいという構想も話してくれている

でも時おり、「こっちに来て」と寝室に呼んで特別なハグをねだったり、「なんで英語話すとき、ジェスチャーが大きくなるの?」と私の様子に戸惑ったりする。自分の気持ちをちゃんと伝えようとする彼女の素直さに、私は静かに感動している。

家の空気も、少しずつ変わってきた。
これまで誰に見せるでもなかった弓道の鍛錬や、お香、雅楽の音遊び、食事の工夫が、自然とMariekeへのおもてなしになっている。

食卓に並ぶ献立も、彼女の好みに寄せて軌道修正を加えながら整えていく。言葉も文化も違うけれど、「どうぞ」という気持ちは、きっと届いている。

海外に行ったことがない夫も、仏像の話を英語と日本語を交えながら、一生懸命伝えている。

工房に誰かを迎えるというのは、「何かを教える」ことではなく、「一緒に過ごす」ことなのだと、あらためて思う。

2週間以上、同じ屋根の下で、同じ釜の飯を食べる。それは、ただの“受け入れ”を超えて、
「家族がひとりふえる」という体験なのかもしれない。

私たち夫婦が過去、それぞれに師匠方の家に弟子あるいは書生として、受け入れられた時、師匠たちはこんな感覚だったのかもしれない、と来るべきところにきた感がある。

家族の輪郭が、少しずつ、柔らかく広がっていくような感覚。
その“化学変化”が、これからどう進んでいくのか。開いた柔らかい心で見ていきたい。