「本当に来るのかな」
2月にヨーロッパから届いた一通のメール。
差出人は、ヨーロッパのある国で、木彫の学校を夏に卒業したという女性だった。
当工房でインターンをさせて欲しいということで、メールやチャット、Zoomでやり取りを重ねてきて、迎えた到着の日。
娘手作りのウェルカムフラッグを囲んで、モニターで彼女が乗っている飛行機を見守っていた。そして、乗客がゾロゾロとゲートから出て行くのを、家族三人で少し緊張の面持ちで見つめていた。
「来た──!」
満面の笑みで、まっすぐこちらへ歩いてくる彼女。フラッグに気づいて、はにかみながら手を振ってくれた。Zoomやチャットで何度もやりとりを重ねてきたけれど、こうして初めて対面すると、懐かしい気さえした。
彼女にとって、日本は初めての地。たくさんの有名な場所がある中、最初の目的地がこの高知の山奥だなんて。その行動力に感嘆する。
彼女は、2日前入国し、東京で気になっていた仏像を拝観後、成田空港経由で来高した。都会の人混みと、高知の山あいの静けさとのコントラスト。その極端な違いを肌で感じながら、彼女は屈託のない笑顔で「Beautiful ! 」と言った。
食卓では、好物だという餃子を、家族みんなで囲んでお腹いっぱい食べた。慣れないはずのお箸も、彼女は器用に、そして丁寧に使っていた。
談笑していると、「ところで明日のプランは?」と、ふと聞かれた。そうだった、伝えなくちゃ──そんな気配りとフェアなコミュニケーション。そのバランスがとても心地よく、新鮮だった。
将来つくりたい伝統に根付く作品像や、その根っこにある思い。そしてなぜ仏像に惹かれたのか。彼女は言った。母国で専門教育を受けたわけではないけれど、仏像から「Calm」を感じたのだと。そして、その感覚に導かれるように、「生き方にも作品にもCalmを感じた吉田仏師のもとで働いてみたい」と願ったという。
直感を信じて、飛び込んでくる勇気に乾杯。
英語はたどたどしい。でも、簡単な単語と翻訳アプリを使いながら、お互いの想いはちゃんと通じ合っている。娘もまた、日本語で、時に翻訳アプリを手に取りながら、少しずつ会話を重ねていた。
控えめでありながら、自分の意見はしっかり伝える彼女。そのまなざしには、まっすぐ未来を見据える強さが宿っていた。
そんな彼女を前に、吉田仏師はぽつりと語った。「通常はインターンは受け入れていなかったけど、チャットやZoomのやり取りを通じて、同じ木彫に携わる同志として、受け入れようと思ったんです」
彼女は何度も「ありがとう」と日本語を口にしてくれた。その言葉に込められた思いが、表情や眼差しからもひしひしと伝わってきた。
娘には、祖国で手に入れた木工グッズ。私には、ほっとするお茶を。夫には、スイス製の彫刻刀。道中のスーパーでは、苺大福をそっと手に取って、私たちへのプレゼントにしてくれた。
「Warmly」「Welcome」その言葉たちは、文化を超えて心を通わせた。
猫たちも、まるで初対面ではないかのように彼女を受け入れ、素直に撫でられていた。暮らしの中に、彼女の存在がすっと馴染んでいくのを感じる。
辿々しくはあるけれど、十分に、ハートが通じ合っている。
そんな初日の夜。異なる国と文化の間に、静かに、確かな橋がかかった。