サラサラと流れる川の音にふと気づいたのは、土間で夢中でパソコンに向かっていたお昼前のことだった。
今朝方は少し肌寒かったので、火鉢をつけていた。気温が上がってきたのと、換気のために川側の戸を開けて風を入れていたのだ。
絶え間なく流れる水の音。集中を途切らせず耳を澄ませていると、いつしか意識に変化が現れた。
体はパソコンを相変わらずいじっているが、意識がだんだんと外へ向かっていく。
おかしなことが起こった。
キーボードを叩く指は、岩の間をするりと抜ける素早さに。椅子に体を預ける重みが山肌を押し返す力に。モニターを追う視線は魚と戯れる流れのよう…まるで川の水そのものになったような感覚におそわれた。
そこへ、さまざまな小鳥の声が重なってきた。
広々とした静かな山の中で、無数の音が響きあい、弾けては空気をふるわせ耳の中にキラキラと溶けていく。そんな煌めく響きに誘われて、私は思わず外を覗いてみたくなった。
「気分転換もしないと」
私は言い訳するようにつぶやきながら椅子から立ち上がり、少し胸をときめかせて家の外に出た。
戸を開けた瞬間、ぱちぱちと光がはじけた。
その眩しさに目を細めながら見た世界は、あたり一面の緑、緑、緑。
「わぁ!」
目線の先にはペリドットの若葉が風を受けてきらめき、足元を見ればグリーントルマリンの柔らかい苔がこんもりと寛いでいる。
あらゆる形の葉や蔓が、光の角度で、濃くなったり淡くなったり。深い緑を湛えたグリーンガーネットたちが瞬きながら、あるいは優しい艶めきを放つ翡翠たちが、小川に道を譲っている。
今日は人間に内緒でお祭りでもしていたのだろうか、そよかぜに揺られるその様子が、ずいぶんはしゃいで見えた。
鳥たちは姿を見せないまま、葉影に隠れて歌い続けている。
緑の宝石と鳥たちの祝祭。一歩外に出てみれば、そんな世界が広がっていた。
それぞれの色と音を宿して、ただ在ること、その喜びに満ちていた。
仕事にぎゅっと心研ぎ澄ませているあいだにも、世界はどこかでこんな風に輝いている。人生で、あと何度こんな瞬間を味わえるだろう。
緑の光を存分に浴びて、きらめく空気を思い切り体に取り込んだ。