家の前に植えた野薔薇が、今年最初の花を咲かせた。
五年前、実家の裏庭で伸びていた野薔薇から小さな枝を一本もらって、土に挿した。真冬の雪にも、猛暑の日差しにも耐えながら、少しずつ枝葉を広げて、さしかけを覆っている。
蕾をたくさんつけているのには気づいていたが、咲くのはまだ先だと思っていた。
豊かにしげる緑の葉の中に、ホイップクリームのような白く丸い花が、朝日を受けて光っていた。
「咲いたねぇ。」
思ったより早い開花にほんの少し驚き、思わず呟いた。
あのひと枝がこんなに大きくなるなんて、5年前は想像もできなかった。
この1000日執筆チャレンジシリーズは、今日で58日目を迎えた。
このコラムは、日々の中で拾い集めた小さな出来事のかけらを、真っ白な画面に並べていくところから始まる。
それは、土に、種を蒔くような作業だ。
単に記憶の断片を並べているときは、そこから何が生まれるかよくわからない。
けれど、「あぁ、こんな情景もあった」「こんなことも感じた」とキーボードを叩くうちに、思いもよらない広がりを見せる。そこから枝葉を削ぎ、磨いて、編み上がっていく。
目の前に現れる最終稿は、いつも思いもよらなかった景色を描いている。
何が生まれるかわからないパソコン画面の前で、私はいつも最初の読者としてコラムを読んでいるのだ。
この一週間で綴ったコラムたちも、私に新たな景色を見せてくれた。
- No.51 「過去」は、自分次第で意味が変わる「人生の鑑賞者でいること」
- No.52 職人の手の上で結ばれる仏像と異国の料理「スパイスの香りと包丁の音」
- No.53 娘に教えられた教訓「思い込み」
- No.54 本番前に現れた稽古観「隙間の音色」
- No.55 吉田少年、初めて仏像に出会った日のお話「けずる」
- No.56 伝統が人を結びつける祝祭の1日「隙間の音色の先に」
- No.57 遠い記憶を呼びさます甘い香り「アケビの花」
通り過ぎてしまいそうな日々の、ほんのわずかな心の動き。それを白い画面に植えていくうちに、
根を張り、芽吹き、やがて、誰かと私に新たな対話を生んでいく。
あなたの胸にも、ふとした言葉が残ることがあるかもしれない。その小さな種が、発芽のエネルギーを得て芽を出すこともあるだろう。
そうして、互いの暮らしの中に、ささやかな手応えが生まれるなら…。
それは、今朝、咲いたばかりの野薔薇に、思わず声をかけたときのように、なんとはなしに、うれしいことだと思う。
先週1週間で、最も反応が多かったコラム:No.54「隙間の音色」