「愛染明王」
その名を聞いた瞬間、夫が造った愛染明王のお姿が、ぱっと心に浮かんだ。
その場には、十三仏の掛け軸がかけられていたが、愛染明王のお姿はない。それゆえか、日頃から目にしている、夫が以前造像した愛染明王の姿が心に像を結んだ。
かっと見開かれた三つの目。
赤い肌。
六本の腕(六臂:ろっぴ)。
そして、頭上には獅子の冠。
煩悩を一瞬にして燃やし尽くしてしまいそうな、激しくも美しいお姿である。想像するだけで、自分の体まで燃えているような、腹の底が熱くなるような気がした。
火焔を背負い、牙をむく愛染明王。そのお姿の前に、祖母がいるような情景が浮かんだ。
「皆、弘法大師の弟子ですから、このご真言を覚えて、遠くに住む人も、実家の方へ向いてお唱えしてみてくださいね」
ご住職のお声に我に返ると、家族皆で「南無大師遍照金剛」と三度唱え、頭を垂れた。
愛染明王のお姿は頭から消えない。その御前に、祖母の姿が重なって浮かんできた。心の中で目を凝らす。
その顔はどこか喜びをたたえているように見え、なんとなくホッとした。
そういえば、夫が製作した愛染明王が安置されている北の寺院で、ご寺族様がこんなことをおっしゃったという。
「この像を作った仏師さんは、楽しくてしょうがなかったんでしょうね」
憤怒の激しい表情を見て、そこに「楽しくて仕方がない」という心を読み取られたことに、私は深く感銘を受けた。
私の心に浮かぶ祖母も、あの愛染明王の前で微笑んでいる。
それも、きっと無関係ではあるまい。
——そう思いたい。


