現代造佛所私記 No.572「50回忌と仏像(前編)」

実家での祖父母の法事が、無事に終わった。

弟妹家族とも久しぶりに集まり、姪っ子や甥っ子たちは、互いに仲良くおしゃべりしたり、遊んだり。

私たち家族は日帰りだったが、泊まりで来た者たちは、田舎のシルバーウィークをそれなりに堪能したようだった。

連休最終日は、さすがに車も多く、私たちは法事開始の三分前になんとか到着した。

菩提寺のご住職は、二十分ほど早くお見えになっていたらしい。車を降りると、玄関戸の向こうから母の声が聞こえた。

「やっと吉田が着きました!」

慌ただしく中へ入ると、ご住職が立ち上がって迎えてくださった。

「やぁ、吉田さん。前に仏像を見てもらいましたね。あの時はありがとうございました」

今の山上の工房に移る前、私たちはこの海辺の街で三年ほど暮らしていた。

その終わり頃に、菩提寺のお像についてご相談を受け、夫が拝見したことがあったのだ。

後日、ご住職はたくさんのショートケーキを届けてくださり、労をねぎらってくださった。

あれから、もう何年も経ってしまった。

法事では、ご住職が祖父母の若い頃のお話や、ご自身が初めて棚経に回られたときのエピソードなどを聞かせてくださった。

そうか。このお方は、私たちが会ったことのない祖母とも、こうして交流があったのだ。

会うことが叶わなかった祖母の、生きていた頃の姿を感じられて、胸が震えた。

ご住職は続けて、戒名の意味、法事の意義、子どもたちへの激励など、いろいろなお話をしてくださった。

そのなかで、私は初めて知ったことがあった。

実家は真言宗なので、ほかの宗派についてはよく知らないのだが、法事の回忌ごとに本尊が定められているという。

三回忌は阿弥陀如来。

七回忌は阿閦如来。

そして、五十回忌は、愛染明王。

仏像工房を営みながら、法事のことには、まだまだ知らないことが多い。こうして知ることができたのは、幸いなことである。(続く)