父方の祖母の五十回忌をしたいと両親から言われたのは、夏に帰省したときのことだった。
白黒写真の中ではいつも朗らかな若き祖母は、病で早逝した。父が二十一歳の頃だった。
「生きていたら、優しくしてくれたと思うよ」
子どもの頃、父に言われるまでもなく、私も「絶対に優しいはずだ」と思っていた。おどけたポーズをとった写真を見ながら、きっと面白い人でもあったのだろうな、とも。
祖母には兄がいたけれど、戦中、南方で息絶えた。祖母は四人姉妹の長女となり、家を継いだ。三人の子どもに恵まれ、近所に嫁いだ三人の妹たちと同じ生活圏で、家族ぐるみで仲良く暮らしていたようだ。
祖母の葬式の写真は何枚も残されていた。妹たちの泣き顔に喪失の痛みが刻まれている。
それを撮った人も、撮影を頼んだ人も、若くして旅立たねばならなかった祖母を悼み、残しておかなければならないという思いがあったのではないか。
もちろん、勝手な想像だ。
だが、その写真記録から、私はまるで式に参列しているような錯覚を起こす。祖母の生が生々しく迫ってくるのだ。
会うことが叶わなかった孫に、そこまで感じさせてくれるのは、やはり撮影した人たちの思いが滲んでいるからではないかと思う。
その葬式から七年後に、私は生まれた。(続く)

