現代造佛所私記 No.561「先人仏師からのいただきもの」

テレビ東京「ナゼそこ?+」をご覧になった方から、番組後、多くのお問い合わせやメッセージをいただいた。

その中で、ほかのメールとは少し趣の異なる一通があった。

「膠を無償でお譲りしたい」というお申し出だった。

番組で、鹿角から膠を作っている様子が放送されたことを受けてのお申し出のようである。お受けしてよいものかと逡巡しつつも、メールの文面から伝わってくる清潔な印象に、ありがたくご厚意に甘えることにした。

その方は、やり取りの直後に早速手配してくださったようで、数日後には荷物が届いた。

「うわぁ! 綺麗だね!」

娘が、有田焼の煎茶揃の箱を覗き込み、目を輝かせた。

「使っていただけると嬉しいです」と手紙が添えられたその木箱には、飴色に光る三千本膠が入っていた。

立派なものである。

受け取った旨とお礼をメールでお伝えし、あらためて、その膠の由来をお訊ねした。

すると、思いがけないことがわかった。

送り主のお知り合いのお父様が仏師で、その方が亡くなられた折に、譲り受けたものだという。

どこで、どのようなお像を刻まれていた仏師なのかはわからない。

けれども、この膠を使って、寄木造りの仏像を手がけたり、修理をしたりしていらしたのだろうか。

送付状に記された送り主の地方のことを思う。

その地方にも、吉田仏師は何度かご用命をいただいたことがあり、私にとってもどこか近しく感じられる土地である。

仏師には、長らく厳しい時代が続いている。

その地方の仏師さんたちも、仕事がなかなかなく、ご苦労されたと聞いている。

そうして残された膠が、時を経て、今度は私たちのところへやってきた。

願わくば、譲り受けたこの膠が、また仏像の姿を保つ役目を果たせますように。

いただいた手紙をそっと箱に忍ばせ、膠の入った箱をささげ持つようにして、頭を垂れた。