そんなLちゃんと、ある日曜日、女子寮のベランダから眼下に広がる高知市街を眺めていた。
曇り空だけれど明るい日だった。隣同士、洗濯物でも干していたのだろうか。細かなことは、もう覚えていない。
ただ、そのときLちゃんが言った言葉だけは、今も鮮明に覚えている。
「あと数年したら、この町の大人の人らと一緒に働けると思うと、楽しみや」
Lちゃんは、それを嬉しく、誇らしいこととして、口元に笑みを浮かべながら言った。
私は驚き、尊敬の気持ちでいっぱいになった。社会に出ることなど、もっとずっと先のことだと思っていた。ましてや、働けることに、そんなにはっきりとした希望を抱いたこともなかった。
私はそのとき、Lちゃんになんと返したのだろうか。全く覚えていなけれど、未来への希望をたたえたような、あの横顔を忘れることができない。
10代の頃からかっこいい日本語を使っていたLちゃんはその後、日本語を外国の人に教える先生になった。
「私の名前はね、外国の人でも発音しやすいようにって付けられたんよ」
そんな話も、寮で聞いた。
一体いつから、この人は自分の未来を見据えて歩いてきたのだろう。「巨視的」という言葉も、Lちゃんから教えてもらったように思う。
「555」の一人部屋の景色を思い出そうとすると、いつもLちゃんのことが紐づいている。
窓から見た高知の町。
ベランダの洗濯物。
隣の部屋から聞こえてきた気配。
そして、子どもだった私たちが、これから始まる長い人生について、何気なく語り合っていた時間。
「555」号室は、隣町で育った、大切な友人との忘れられない時間をくれた。
高校最後の一年を過ごした、かけがえのない部屋である。

