40年前、夏休みといえば、しょっちゅう海や山や川へ出かけていた。
水着の跡を白く残して真っ黒に日焼けし、お盆を過ぎると、めくれてくる皮を指でいじったりしていた。
日焼け止めクリームを塗ることもなく、帽子も気にせず、太陽の下をはしゃぎ回る。午後になると、タオルケットをお腹にかけ、風鈴の音色を子守唄に昼寝をした。
あの頃の夏は、今思えばずいぶんとおおらかだった。
けれど今は、酷暑日という言葉まで登場し、外に出ることさえためらうような暑さである。
小学生の娘の夏休みも、多くの時間を屋内で過ごすことになった。
そんなこともあり、この1000日コラムでも、子どものことを書く機会がずいぶん増えた。卑近な話ばかりで恐縮だが、これも一応、造佛所私記の範疇ということで、ご容赦いただきたい。
そんな現代っ子の娘も、一応、海や川へは出かけた。
とはいえ、その回数は、私が10歳の頃に出かけた回数の10分の1にも満たない。
それでも、水の中ではしゃぐ娘を見ていると、連れてきてあげられてよかった、と思う。
夏休みの娘は、動画配信サイトを見たり、ゲームをしたりして、多くの時間を過ごしている。
長時間の画面を見ることに、まったく心配がないわけではない。けれど、決めた時間をきっちり守るようになったので、今はそれ以上、細かく言うまいと思っている。
その一方で、ダイアナ・ウィン・ジョーンズの『ハウルの動く城』の世界にもすっかりのめり込み、よく本を読んだ。
外で遊ぶ時間は少なかったけれど、そのぶん、物語の中で想像力を羽ばたかせていたようだ。登場人物のことを、私にも話してくれたりする。
そう思うと、昔の私の夏休みと、今の娘の夏休みは、ずいぶん違っていても、それぞれに夢中になるものがあったのだろう。
インドアな夏休みだからこそ、いつもより少し深く、少しだけ踏み込んで、何かに没入してほしい。
海や川で遊ぶことも、本を読むことも、ゲームをすることも。
10歳の夏にしかない時間を、存分に味わってほしいと願う。

