「お父さん、今どうされてますか」
「高知市内で、母と暮らしています。山のことはできないけど。お酒が好きで、母によく怒られています」
大樹は泣き笑いしていた。ヒナも八の字眉で少し笑った。冷めたハーブティを飲む二人のそばで、マルがすうすう寝息を立てていた。
雨音が和らぎ陽が差し始めたのは、それから一時間後だった。大樹とヒナは、荷物を背負い玄関先に出た。奥の沢からドドーと水音が響いてくる。マルが、背伸びしながらくぁ〜と欠伸をした。
森へ車を走らせると、棚田いっぱいに水が張られていた。青い柿も小夏も皆、洗われてキラキラと光っている。石垣には何箇所か穴があり、山が含んだ水を等しく注ぐ。水は、棚田を潤し集落の用水路を通り、排水されるようになっていた。数百年分の設計が、激しい夕立をエネルギーに変えていた。
ふいに、大樹の中に、鮮やかな記憶が浮かんだ。それは、シャボン玉のように、いくつも浮かんではポコポコと弾けていった。
若き祖父母や松浦、両親がワイワイと声を掛け合い、棚田で稲を植えている。カエルの卵を見つけてはしゃぐ幼い自分と、母とレンゲの首飾りを作る妹の上気した顔。稲刈りの夜のスイカと花火。新米がとびきりうまかったこと。曽祖父の戦争の話を聞いた晩におねしょをしたこと。父の肩車に乗り、柿の実をとったこと———。
そうだ、そんな暮らしが無数にあった。
「わぁ!見てください!虹です!」
ヒナが東の空に、レンズを向けた。


