「手伝わないで、私がやらないと意味がないから」
娘は、夫がいない時にも、小刀を持ち地紋彫りをコツコツと進めている。1ミリ削り、また1ミリといった歩みだが、思った以上に粘り強く取り組んでいる。
私もこれを良き機会と思い、一緒に地紋彫りを始めた。木目の読み方も知らない、小刀の持ち方も知らない、完全なるズブの素人だ。
夫がいない時には教本を読んで、10分の隙間を見つけてはちびりちびりと彫り進めている。
彫れば彫るほど、刃物の扱いも慣れていく。論理を飛ばして、刃物と木材が体に教えてくれるのだ。
刃先をヒノキに立てると、サクッという手応えと共に、ふっと香りがたつ。斜めに刃を滑らせると、くるくると木が削れて木肌にツヤが現れる。柄をこう持つと上手く力が木に伝わる。木材をこう支えれば刃先が具合良く木肌を滑る——絶え間なく対話が続く。
夫が14歳の孤独な引きこもり少年だった時、木を削ることで救われたという、その世界を少しだけ垣間見た気がした。
木が、刃物が、誠実に素直に、私に応答してくれるのだ。そうすると、夜寝る前に、明日早く削りたいと思い、目覚めても、早く削りたいと思うようになった。
技術はそれはもう初心者丸出しなのだけれど、木と刃物とのおしゃべりが楽しくて、ここまではやる気持ちになっていることに驚いている。
「楽しい?」
投げ出さない娘と、夢中になっている私を見て、夫は顔を綻ばせていた。夫はもうほとんどアドバイスはしない。とにかくやってみることだ、と見守るだけだ。
大まかな手順を本で確認するほかは、ひたすら削る。娘は、本も見ずひたすらサクサク削っている。
今朝、娘の地紋彫りを見て「ここ少し削るといいかも」と指をさした時に、咄嗟に娘が私に言ったのが、冒頭の言葉である。
「私がやらないと意味がない」
慌てて指を引っ込める。
そうだ、奪ってはいけない。木と刃物と娘の対話を。


