「その持ち方じゃ危ないでしょ」
「ちゃんと見てる?」
「こればっかりは、見て自分で覚えないといけないから」
「——はい」
いつものゲーム機や漫画を、ヒノキの板と小刀に持ち替えて、娘が真剣な顔をしている。
「地紋彫りをやりたい」
そう父親に宣言してから、二度目の手解きが始まった。
仕事も夕飯も、お風呂も終えた少し遅い時間。居間には、削りたてのヒノキの香りがゆっくりと広がっていく。
普段工作で使う道具とは違う、プロ仕様の小刀。
夫は姿勢を正し、刃物の持ち方、木材の支え方を一つひとつやって見せる。
もちろん、一度見ただけですぐ真似できるわけではない。
「そこは違う。」
「刃物じゃなくて、木を動かす。」
細かく指導が入る。その度に娘は手を止め少し深めに息を吸う。いつ臍をまげるかと思ってみていたが、淡々とまた小刀を握りヒノキの板を押さえた。四角い縁取りが、少しずつ形になっていく。
「怪我をしないようにね。でも、絶対怪我はするから。」
夫の右手には、中指の先が削げた跡がある。縫うほどの怪我も、一度や二度ではない。刃物を扱う仕事の定めだ。
「本当は、刃物の扱いを覚えるなら、四角い板を丸くするところから始めるから、いきなり地紋彫りは難しいと思う。でも、自分でやると決めたんだから、やってみなさい。」
夫は、小刀の扱いがずれるたび、迷うたびに助言し、ときには手本を見せた。
娘は途中で戦意消失するかと思っていたが、「はい」「わかった」「やる」と返事をしながら、結局最後まで休まなかった。
「今日はここまで。」
夫のその言葉を聞いた途端、それまで張っていた緊張がほどけたようだった。10歳らしく大きく伸びをして畳にごろんと転がる。そこへすぐさま
「ちゃんと片付けまでするんだよ。掃くときは上から下へ。」
夫から手ぼうきを渡され、娘は起き上がって素直に木屑を集め始めた。
ヒノキの木端が、カラカラと畳を小さく鳴らす。
「サク、サクっていうのが面白かったよ!」
そう言って台所にいた私に抱きついてきた娘の髪から、ほんのりヒノキの香りがした。
今のところは、順調な地紋彫りの夏である。


