まだ薄暗く、風にはほんの少しだけ夜気が残る朝六時。網戸の窓辺からは涼しい空気が控えめに流れ込んでくる。東の空には、すでにジリジリとした日差しの気配があるが、山陰の我が家はまだ涼しい。
それでも、顔を洗い、冷蔵庫を開け、お皿を並べているだけで、額にはうっすら汗がにじむ。
テレビから流れる朝のニュースで、「今日の最高気温は三十七度」の文字が目に飛び込んできた。思わず口元がこわばる。
「麦茶、出かけるまで冷凍しておこうか」
早朝から弓の試合へ向かう夫に声をかける。夫が小さくうなずくのを目尻で確かめ、ペットボトルの麦茶を冷凍室へ入れてパタンと扉を閉めた。
昨夜のうちに作っておいた味噌汁を温め、麦飯入りのおにぎりを皿に並べる。おにぎりは、夫の好きなおかかも忘れない。明太子とたくあんを添え、グリーンサラダに果物、乳酸菌飲料も並べた。仕上げに冷たい麦茶をグラスへ注ぐ。
二人で神棚に手を合わせると、夫はちゃぶ台の前に腰を下ろし、おにぎりを包んだラップを水滴がこぼれ落ちないように律儀に外した。
私はあまり空腹ではなかったが、一緒に朝食を囲みたくなった。
「私も食べようかな。少し塩分を補給していってね」
娘はまだ夢の中。まだ空気が青みがかっている居間で、夫婦二人だけの朝食が始まる。
家でも作業場でも、夫のそばにはいつも弓がある。多分、弓と仏像と過ごす時間は家族といる時間より長い。
夫にとって弓は、何よりのご褒美なのだと思う。弓道場に行く前、帰ってきた時、夫の表情はどこか晴れ晴れとしている。
だから私は、好きなだけ、好きなように弓を引いていてほしいと思っている。
「中たる気がしないけどね」
そう笑う夫を、起きてきた娘と猫の皓月と一緒に見送った。
夫の姿が見えなくなり、ほっと息をつく。
――あっ。
冷凍庫を開けると、凍りかけた麦茶がころころと前後に揺れた。
ペットボトルを取り出し、おでこに当てる。ひんやりとした冷たさが汗ばんだ肌に心地よく、思わず大きく息を吐いた。
昼下がり、電話が鳴る。
「入賞したよ」
受話器の向こうから嬉しいような、満足はしていないような、複雑な声色が聞こえてきた。娘と顔を見合わせて手を上げて歓声を上げる。
そして、残っていた麦茶を冷蔵庫から取り出すと、氷がペットボトルをコトンと小さく鳴らした。
グイッとあおると、氷を残した麦茶が喉を滑り落ち、火照った身体の隅々まで涼しさを運んでくれた。

