現代造佛所私記 No.518「手書きの快楽(後編)」

手書きの快楽。そこには、書くこと以外にも、趣が溢れている。

今日は、鉛筆で書くという営みに注目してみる。

一本の鉛筆は、線を生み出すたびに少しずつ短くなっていく。その変化そのものが、どこか儚く味わい深い。

1日のうち、何十本もある鉛筆を次々持ち替え、メモを書き、ノートの下書きをし、娘に算数を教えると、クリップで留めた裏紙の束が、日々、一枚、また一枚と鉛筆で黒く染まっていく。

そして、使い終えた鉛筆たちを並べて、カッターをとる。

鉛筆削りはあえて使わない。カッターで研ぐのだ。

サクサクと木を薄く削ぐたびに生まれるささやかな音、最後に芯を細く研ぎ上げる時の黒く舞う微細な粉末。その光景も、手を動かす時間も、何とも心地よい。

脳のあちこちを心地よく刺激している。これは、キーボード入力やフリック操作では味わえない快だ。

「鉛筆、ピンピンだねぇ!」

鉛筆削りでは出せない鋭い切っ先に、娘は目を丸くする。

便利な時代になったもので、キーボードやフリック入力で、速く正確にそして気軽に文字を記すことができる。癖字も気にすることがない。

その一方で、紙に文字を書く喜びや、一本の鉛筆を手で削る楽しさを、いつの間にか手放していた。

小さくもかけがえのないこの喜びを、いつか思うように鉛筆を握れなくなる日まで、惜しみながら味わっていきたい。