手書きの快楽。そこには、書くこと以外にも、趣が溢れている。
今日は、鉛筆で書くという営みに注目してみる。
一本の鉛筆は、線を生み出すたびに少しずつ短くなっていく。その変化そのものが、どこか儚く味わい深い。
1日のうち、何十本もある鉛筆を次々持ち替え、メモを書き、ノートの下書きをし、娘に算数を教えると、クリップで留めた裏紙の束が、日々、一枚、また一枚と鉛筆で黒く染まっていく。
そして、使い終えた鉛筆たちを並べて、カッターをとる。
鉛筆削りはあえて使わない。カッターで研ぐのだ。
サクサクと木を薄く削ぐたびに生まれるささやかな音、最後に芯を細く研ぎ上げる時の黒く舞う微細な粉末。その光景も、手を動かす時間も、何とも心地よい。
脳のあちこちを心地よく刺激している。これは、キーボード入力やフリック操作では味わえない快だ。
「鉛筆、ピンピンだねぇ!」
鉛筆削りでは出せない鋭い切っ先に、娘は目を丸くする。
便利な時代になったもので、キーボードやフリック入力で、速く正確にそして気軽に文字を記すことができる。癖字も気にすることがない。
その一方で、紙に文字を書く喜びや、一本の鉛筆を手で削る楽しさを、いつの間にか手放していた。
小さくもかけがえのないこの喜びを、いつか思うように鉛筆を握れなくなる日まで、惜しみながら味わっていきたい。

