時々工房をお尋ねする、岡山県の弓師・加藤さん。
仏像と弓道があればそれだけで幸せという吉田仏師は、新弓の製作や古い弓の修理など、なにかあれば加藤さんを頼っている。
岡山の工房には、毎度家族三人でお邪魔している。先日も、高知から車を走らせた。
「大きくなったねぇ!」
十歳になった娘を一目見るなり、加藤さんは笑顔で迎えてくださった。
眼鏡に職人足袋という出で立ちは、吉田仏師と一緒だ。娘も親しみを覚えるのか、工房では自宅にいるようにくつろぎ、いつの間にか、うとうとと眠ってしまったほどだ。
私が初めて手にした竹弓は、およそ百年前に楠見蔵吉が製作したもの。グラス弓しか引いたことがなかった私に、十年ほど前、夫が贈ってくれた一張である。
握り革を外したとき、戦前の葉書が一枚現れた。誰がいつ使っていたものかは分からない。ただ、当時の持ち主が、自分の手に合うように握りを調整していた事実は、弓の道をともに歩くものとして、胸が温かくなった。
引き分けると、何とも言えない心地よさがある。弓の腕前は決して褒められたものではない。それでも、竹弓ならではのしなやかな引き味に魅せられた。
ところが、長い年月を重ねた弓だけに、負担のかかる外竹の一部が、ある日パリッと割れてしまったのだ。
以来、仕事が忙しくなったこともあり、弓道場からはしばらく足が遠のいていた。それでも、「また引きたい」という思いは、ずっと心にある。
今回は夫の用事に合わせ、私もこの弓を持って加藤さんにご相談した。
「これはいい弓ですね。前の持ち主も大事にされていたようですね」
床にそっと弓を置き、一本一本の表情を確かめるように見つめる加藤さん。その姿を見ているうちに、肩の力が抜けていった。
「直りますよ」
その一言が、どれほど嬉しかったことか。病院の診察室で「大丈夫ですよ」と告げられたような安堵を覚えた。
修理が終わるまで、およそ半年。
弓が元気な姿で戻ってくる頃には、私も巻藁から少しずつ稽古を始め、勘を取り戻していたい。
私よりずっと年上の弓と、また静かに向き合える日を楽しみに待っている。

