吉田仏師は徒弟制度の中で育った世代で、という話が出ると、「書の世界もそうなんですよ」と冨岡先生。
高知県安芸市の著名な書家も弟子をとって育てていたという。
書の師弟の世界はというと、弟子はひたすら墨擦りや掃除をするのだと。しかし、いくら擦っても「まだだ」と言われる。それだけ、墨擦りは奥深く、書への理解や練度が試されるのだろう。
あるお言葉が心に深く響いた。
「書は、墨擦りと筆洗いに尽きる」
その師のお言葉だそうだ。墨擦りと筆洗いに尽きる、書く技術ではなく…か。思わず口をついて反芻していた。
その書家は、誰かと話している最中も、ずっと墨を擦りながら話していたそうだ。清々しい墨の香りがふっと香るような気がした。
仏師もまず覚えるのは刃を研ぐことである。そして、掃除に茶汲み、師の家の犬の散歩までしていたと、吉田仏師は話していた。今は、学校では危険ということで研ぎをしなくなってきているそうだが、刃物を扱う仕事である以上、研ぎを手放すことはもっと危険なことではないかと思う。
帰宅後、娘が改まった顔で言っていた。
「今日、見に行けてよかった。Yちゃんも書いてみたい」
作品から溢れる情熱や志、願い、尊厳、祈り、希望、喜び…。作品それぞれの前に立つと異なる感応が起こり始める。
紙と墨でここまで表現できるのかと、息を呑むほどの作品たち。平面の世界に、立体的に浮かび上がる一字。絶妙に溶け、滲む墨と紙。私たち家族三人とも時間を忘れ、書の世界に包み込まれていた。
子ども心にも、たっぷりと多くのものが注がれたようだ。
冨岡先生、作品展に出品された皆様、素晴らしい時間に感謝申し上げます。
また元気にお会いできることを楽しみにしています。

