六月から鳴き始めたヒグラシだが、梅雨明けを迎えてから、その声はいっそう情趣を深めている。
一日のことがひと段落した夕方六時。ふと手を止め、耳を澄ませた。実にいい声だ。周りに建物もない我が家の一帯に、その澄んだ音色が響き渡っている。
お世話になっているある方に、「最近、ヒグラシが鳴き始めました」とお話しすると、「ヒグラシか、いいねぇ」と、しみじみおっしゃった。
また、雅楽のある演奏家の方は、ご自身の龍笛に「ヒグラシ」という銘を付けておられるという。
私たちの手を止め、しみじみとした気持ちにさせるヒグラシの声。意識したことはなかったが、毎年どこかで、その声を待っている自分がいるような気がする。
「酷暑日」という言葉を耳にするようになり、夜も空調を使わなければ健康を損ねかねない時代になった。
子どもの頃は、真夏でも夕暮れにヒグラシが鳴き始めると、暑さも少し手心を加えてくれた。家族5人扇風機一台で過ごせ、寝苦しい夜も網戸にすれば十分眠れた。田舎だからこそできた暮らしではあったけれど。
木書液をたっぷり垂らしたような濃い夏の闇に、時折肌を撫でる涼風が注ぐ。その闇は、花火のキャンバスになり、深夜には想像力をどこまでも遠くへ運んでくれた。夏休みの映画企画で観た名作アニメの世界へ入り込み、胸を膨らませていた日のことを思い出す。
今、傍らでは、夏風邪とともに夏休みに入った娘が、掛け物にくるまり、あとは何もかも忘れたように名作の世界へ没頭している。夢中になって輝くその目を眺めながら、この時間もまた、大人になったとき、きっと宝物の一つになるのだろうと思う。何も言わず、好きにさせておく。
パソコンに向かい直し、もう一度耳を澄ませると、ヒグラシはいつの間にか鳴き止んでいた。
夏だけが見せてくれる夢を、今年もヒグラシとともに味わいたい。

