「こちらへどうぞ」
打ち合わせで通された和室に入ると、思わず鼻先を持ち上げ、目を細めた。
「まぁ、お香が。ありがとうございます」
「さすが、お気づきに」
床の間を拝見すると、侘びた香炉が主張もせず、隠れもせず、部屋に馴染んで細い香雲を燻らせていた。香りが最大化するタイミングを図って、ご用意くださっていたのだろう。お茶を嗜むお坊様のお心遣いに心和ませた。
打ち合わせは次第に熱を帯びた。冷房の風も追いつかず、額にじわりと汗が滲んでいた。
互いの意見やアイデアが経糸・緯糸のように張り巡らされ、未来が具体的な像を結んでいく。
数時間が経ち、話がまとまったときに、お坊様が足早に部屋を出ていった。
「あ、ちょっと待っててください。——これ、どうぞ」
戻っておいでたその手には青い紙袋。
仏様のお下がりであろう、鮮やかな黄色の果実が覗く。
「お嬢様も、早く良くなりますように」
もう一人のお坊様も、柔らかく合掌しながら少し心配を滲ませたお顔でお声をかけてくださる。
最初の雑談でちらと触れた病に臥している娘のことを、覚えてくださっていた。
見送りを受けお寺を後にしてほどなく。助手席から、次第に甘い匂いがたちのぼってきた。それは、柑橘の横に隠れていた、みずみずしい桃だった。
しっかり冷やして、微熱の娘に食べさせてやろう。
香りに始まり、香りに終わる、夏のお寺の清々しい時間であった。

