表千家准教授の木札をいただいてから、師匠のもとで初めての稽古日を迎えた。
師匠はにこにこと「これからも頑張ってね」と声をかけてくださった。そして、「これでみんな資格を取ったわね」と、どこかほっとされたように微笑まれた。
実は、私が稽古場の門を叩いた九年前、師匠はもう新弟子は取らないと決めておられた。それでも、ご縁が重なり、最後の弟子として迎え入れていただいた。
東京でお世話になっていた鍼灸師さんが、師匠のご親戚だったのである。
施術を受けながら、鍼灸師さんに「もうすぐ高知へ移住するんです」と世間話をしていた。
「お遍路さんが通る国道沿いに住むので、美味しいお茶でお接待ができたらと思っているんです。」
その何気ない一言が、ご縁の始まりだった。
最初の頃は、車で往復五時間かけて、月に一度稽古へ通った。
当時、仕事もろくにせず遊んでいる、そんな陰口が耳に入ることもあった。
それでも、私も夫も、「道」と名のつくものに触れる時間がなければ、生きたまま心が枯れてしまうようで、通い続けた。
やがて稽古場に少し近い場所へ引っ越し、月に二、三回通うようになった。同門会にも入会し、許状を一つ、また一つといただいた。
途中、仕事の都合で稽古から離れる時期もあったが、それでも歩みを止めることなく、今年、准教授の木札をいただいた。
「これからやき! これからが長いきね!」
姉弟子も、笑って葉っぱをかけてくださった。
その通りだ。ここからが本当の修行である。道はまだ先に続いているし、知識も技術も、まだまだ未熟だ。
それでも、家元の「教えながら、共に学ぶ」という教えのもと、教える資格をいただく節目を迎えることができた。
「末っ子がようやくここまできました」
思わずそんな言葉が口をついて出た。九年間、師匠はただただ根気強く稽古をつけてくださった。今日も唐物のお点前では、噛んで含めるようにご指導いただいた。
木札をいただいても、弟子は弟子。
末っ子は、やっぱり末っ子である。

