白い壁の化粧室には、薄いサーモンピンクの洗面台が三つ。
左端は手すり付き、右端は子ども用の低いものだった。私はその間の真ん中の洗面台で手を洗っていた。
ふと人の気配を感じて左を見ると、年長さんくらいの、顔立ちのはっきりした女の子が手を洗っていた。あれ、この子、子ども用使わないんだ——そう思う間もなく、目が合った。
女の子は石鹸を泡立てて、指の間を念入りに擦りながら、じっとこちらを見上げた。目が微笑んでいる。巻き毛にカチューシャをした可愛らしい子だった。
「あなたは誰ですか」
私は「誰でもないですよ」と答えかけて、「……ヨシダといいます」とにっこり笑って答えた。女の子はひたすら指の間を洗いながら、じっとこちらを見つめている。上手に手を洗うのね、と言葉を発しようとしてやめた。
「あなたはどなた?」
ハンカチで手を拭きながら訊ねると、名前を教えてくれた。
「お母さんは?」
と訊くと、外にいる、と。
人懐っこい子だなと思いながら化粧室の外に出て、通路に保護者らしき人はいるだろうかと見回してみた。しかし、午後の人通りの多い時間帯なのに、一人としていなかった。
私は化粧室前のペダル式アルコール消毒を手に吹きかけて、擦り込みながらもう一度周りを見回した。女の子はまだ出てこない。
保護者さんもきっと中にいるのだろう、と思うことにして、家族の待つ駐車場に向かった。
運転席の夫は車を発進させながら、「それ、本当にあったこと?夢の話じゃなくて?」と笑った。
「誰でもないですよ」
と答えていたら、何か違った世界にルートが変わっていたかもしれないなぁ、と一日中取れない眠気の中で振り返っている。

