疲れが出たのか、夫が少し臥した。
食欲も落ちていたので雑穀の粥を作り、元気な娘には夏野菜のパスタを作った。
我が家は、粒餡を常備菜というか常備甘味というか、作り置いているのだが、砂糖を加える前の小豆の水煮がちょうど鍋にあった。
「小豆粥にしようか」
と夫に声をかけると、思いのほか喜んだので、粥に煮小豆を乗せて食卓に運んだ。いただきますの合掌をすると、夫と娘が、うなづきあって意味深に言った。
「あずきまんまだ」
「あずきまんま?」
「雉も鳴かずば、だったっけ」
マンガ日本昔ばなしで親子で視聴した、悲しいお話のことだった。
ある村での話。毎年秋に川が氾濫し、人々を困らせていた。その村に貧しい父娘が住んでいた。娘の母親も、洪水で亡くなっていた。
ある時、娘が重い病気になるが、貧しいために治療を受けることができない。その娘がいう。
「あずきまんまが食べたい」
しかし、小豆を買うお金がない。父親は地主の蔵に忍び込み小豆と米を盗み、娘に食べさせた。
すっかり娘は回復したが、悲劇が起こる。
父親が出かけている間に、娘が「あずきまんま食べた」と歌っているのを村人が聞いてしまう。その夜、大雨が降り川が荒れる。村人たちは罪人を人柱にしようと話しあった。
娘の歌をきいた村人が、父親が盗みを働いたと話すと、父親は罪人として捉えられ人身御供して川のほとりに埋められてしまった。悲しみに暮れた娘は口を利かなくなる。
何年も経ったある日、猟師が雉のなく声を聞き、撃ち落とした。猟師が雉の落ちた場所に向かうと、女性が雉を抱いて立っていた。
「お前も鳴かなければ撃たれなかったものを」
その女性は「あずきまんま食べた」と歌った娘だった。
そのような、胸が締め付けられるような昔話に登場したのが「あずきまんま」だ。
父親が自分の歌のせいで殺されてしまった——その話を思い出してか、娘は急にしょんぼりとした。我が家のあずきも米は、スーパーで私が買い求めたものだから大丈夫だよ。そう声をかけたが、的を外した慰めだったかもしれない。
翌朝、娘に訊ねられた。
「人柱って今はもうないよね?」
私は少し考えて言った。
「わからないなぁ。ないとは言えない」
娘は驚いていた。
「でも、死ぬことはないよね?」
「そうだといいね。」
登校途中で、長くは話せなかった。
「命に関わらなくても、誰かがそういう形で犠牲になることはあるかもしれない…」
「そうなんだ」
娘が呟いた。
「賢くなろうね。人も自分も、悲しい思いをしないように」
自分自身に言い聞かせるように言いながら、うなづきながら手を振る娘を見送った。

