現代造佛所私記 No.476「何でもない日」

一年前は何を書いていただろうか?と、No.476の365日まえ、No.111を読み返してみた。

どうも、まとまらないまま書き残しているようだった。

実は、今日もそんな日のようで、テーマは色々あるのだが、どうも手が進まない。梅雨がそうさせているのだろうか?

一年前のコラムによると、冷蔵庫に糠漬けがあった。その糠漬けは今はない。その代わり、たくさんの生姜の甘酢漬けを仕込んでいる。投稿時間は日付が変わる前。今は、夕方から21時までには投稿を終えている。

生活リズムや食生活も変化して、体は一年分年をとり、この1000日コラムももうすぐ半分。

以前よりずっと残りの時間を考えるようになった。

「まだある」「もうない」

心は残された時間を思って行ったり来たりするけれど、きっとどちらにしてもあっという間に過ぎていく。

日々を大切にしていくその具体的な営みとして、今はここに書き続けている。というより、書き続けていたら、日々を大切にできるようになった。

家族で食事をとり、子どもの算数を一緒に解いて、雨の中ヤマアジサイを一輪もらいに歩く。なんでもない今日を、抱きしめながらキーボードで刻んでいく。

今日も、「まとまらない日」だ。どこかを切り取って、意味づけすることをせず、切りっぱなしのまま置いておく。