夫の仏師人生において、弘法大師様ほど造像や修理で関わらせていただいたお坊様はいらっしゃらないかもしれない。
子どもの時のお姿から、唐にわたる前のお若い頃から晩年のお姿まで、数えきれないほど彫刻刀を振るってきた。
昨年だけでも、遠い北のお寺に稚児大師坐像を。そして個人のお仏壇に、大日如来様と共にお納めした。
日本全国に、お大師様を敬愛する人が大勢いらっしゃるのだ。
子どもの頃、やむなく殺生をする時に、母が「ナムダイシーヘンジョーコンゴー」と繰り返し唱えながらムカデと戦っていたことを思い出す。
それが、南無大師遍照金剛であること、それが弘法大師に紐づけられたご真言であることを知ったのは、大人になってからだった。
実家の仏壇には、お大師様のお軸が古いもの、新しいものと両方掛けられている。そのお姿を毎日拝しながら育った私にとって、弘法大師様とは「とても立派で、賢くて、偉いお坊さん」「ご先祖様もずっと大切にしていたお坊さん」という認識だった。
そうやって、お大師様信仰は、暮らしの中で育まれていた。
娘も、就学前からご真言を誦じて、私たちの真似をして手を合わせる。黒髪のおかっぱ頭を、「稚児大師みたいだね」と言われることもある。
きっと彼女は、私ともまた違う形で、お大師信仰の中で育っている。
今日は、そのお大師様の1252年目のお誕生日である。
南無大師遍照金剛

