現代造佛所私記 No.470「470日と引き換えに」

1000日コラムも、500日の折り返しが近づいてきた。

ささやかな足元の毎日を心の目で見つめ、文字で反芻ることが、幸せな気持ちを産んでくれる。そんな実感とともに、肉体の目はずいぶんと機嫌を損ねている。授かった肉体に、申し訳なく思う。

470日毎日、仕事以外で一定時間画面を見続けるという習慣は、視力にずいぶん負担をかけたことだ。

音声入力も時々するけれど、やはり基本は指で打ち込む。私の環境上、口頭で完了することはできない。

生活を立て直そうと、睡眠時間も確保するようにしているけれど、どうも目が「もう画面を見たくない」と訴えかけてくる。ホットアイマスクや、目薬、定期的な休息、ストレッチでも、ご機嫌を取ることができない。

ズーンと目の周りや奥が重だるく、目が潤んでくる。パソコンやデバイスの光を見るのが辛い。

メガネを変えたタイミングも関係しているだろうか。軽くて、視力に合わせて調整していただいたけど、この短期間で合わなくなるということがあるだろうか?

当然、加齢もある。いずれにせよ、目の機嫌をどうやって取れば良いのか、それが目下の悩みである。

滝沢馬琴は、視力を失ってからも口述筆記で大作を完成させたけれど、この目をどうにかいたわり、文字を綴る幸せを長く味わいたい。