現代造佛所私記 No.467「アプレンティス」

数年前から、海外からのお問合せに対応することが増え、覚えた言葉がある。

「apprentice əˈpren(t)əs」

仏像、木彫、職人、文化財に関わる人たちとのやりとりだからなのか、一般的に使われる言葉なのかわからないけれど、必ずと言って良いほど登場する単語だ。

先日お越しくださったオランダ人職人さんとの会話の中でも登場した。

吉田は、中学を卒業した翌日に木彫のメッカ・井波へと旅立ち、その二日後に弟子入りした。師匠や兄弟子たちと同じ釜の飯を食い、同じ屋根の下で寝て、近くの銭湯へと通っていたという。

専門学校や芸術大学、お教室に通うことは見聞きするけれど、工房で毎日一つの家族のように過ごす、そういう徒弟制で学んでいる若者は、今どれくらいいるのだろう。

オランダ人の家具職人プリモは、数ヶ月の間、紙漉き職人であるロギール氏と暮らし、師匠の手伝いをして、時々うちの工房のような場所に見学に来たりしていた。

短いタームではあるが、きっとそれは通いでは得られない、職人の生きる世界で直に息をする得難い経験となったと思う。

私自身は職人ではないけれど、海外暮らしの作家の家で暮らしながら、手伝っていた時期がある。数ヶ月ごとに年に2回ほど、何年か渡航した。

食事を作り、掃除をし、仕事もして、夕食の片付けが終わると21時ごろ。それはそれは忙しかったのだけれど、そしてn=1ではあるけれど、決して知ることのなかった作家の暮らしの一員となっていた。

どんな本をいつ、どれくらい読んでいるのか、何を食べているのか、家具家電の選び方、どのようにリフレッシュしているのか、家族との関係、教育方針、健康管理、お金の使い方……。

見ようと思わなくても、目の前で繰り広げられる、n=1の作家の暮らしに大いに刺激され、影響を受けたことを20年近くたって思い出す。

当時は、家族や友人に、自分の立場をどう説明したら良いかわからなかったし、周囲も「それってどういう立場?」と首を傾げた。

両親は「書生みたいなもんか?」と言っていたけれど、それとも少し違う。

今なら、言えるかもしれない。「作家のapprenticeです」と。作家になるつもりも、なる未来も来ていないけれど、当時の説明としては一番しっくりくる。

夫は紛れもなくapprentceとして心身を磨いてきた。そして、この言葉から私も過去の自分を一つのフレームに収めることができた。