「部屋とワイシャツと私」、みたいなタイトルになった。
締切前の仕事に思いのほか時間がかかり、夜更けになった。
少し冷える春の夜。火鉢に火を入れてみようと思い立った。
久しぶりの炭火だ、と思うとワクワクする。良い気分転換にもなろう。
炭を保管しているブリキの箱を奥から引っ張り出し、大きなもの、細いもの、火が回りやすいように組むためにいくつか選ぶ。
火箸を使って「カサ、コト…」と火起こしに並べると、乾いた炭同士がぶつかって小さな音を立てた。
コンロにかけてしばらくすると、「パチ……パチ…」とかすかに音がなり始める。最近は雨も続いたが、炭はよく乾いていた。
程なく、「パチ、パチパチ」と炭がはぜる音がリズムを刻みだす。炭色の体の端っこも赤く染まり出した。
火鉢の中に空気の通り道を作りながら、大小の炭を仲良く組んでいく。
朝一番に電気香炉で使っていた練香を、火鉢に移した。その途端に、白檀の香りが呼吸を誘う。
ヤカンをのせて、白湯を沸かす。
しばらくすると、小さなシューという音が立ち上ってきた。「今頃はこれくらいの気泡の大きさかな」。見えないヤカンの内側の様子を目に浮かべるのも、どことなく趣を感じる。
仕事に夢中になっている間に、いつの間にかシュンシュンと細い湯気が元気よく飛び出していた。
「美味しそうだなぁ」
今日は外で打ち合わせもあり、カフェインを摂りすぎてしまった。こんな日は、炭火で沸かした白湯が沁みるだろう。
なんとなく、炭火で沸かした白湯は、とろみがあるような気がする。あたたかく口中からのどを通り、胃に広がっていく。
こんなに美味しい飲み物があるだろうか──
夜なべ作業のあいまに、しみじみとする。
思えば、火鉢を使うのはこの冬(というか春か)初めてかもしれない。
炭の手触りも、音も、匂いも、すべてが「今」に身体を戻してくれる。
澄んだ音に耳を澄ましながら、白湯をゆっくり味わい、ポツンと灯りのついた机でひと息ついた。
「今日もようがんばったのう」
パチパチと小さな拍手をしながら、だいぶん白くなった炭が語りかけてくれた気がした。