現代造佛所私記 No.446「ほたる初め」

「ほたる、ほたる」

夕食後の片付けをしていると、娘が靴に足を滑り込ませて、つま先を床でトントン鳴らした。

夫の先導で、真っ暗な霧雨の玄関先に出る。私は、台所の電気を消してしんがりを務めた。

あぁ、またこの季節が巡ってきた。この時期が近づくと、大家さんも川縁の草刈りを控えておられる。蛍のためかどうかはわからないけれど、青々と繁った草のどこかで守られ、虫たちが育まれている。

月光も、街灯もない、20時まえの山の中。その中に、小さく星のように光るあの生き物が、すいすいと流れ星のように漂っていた。

毎年、5月半ばを過ぎると家の前の小川に現れる。19時に太陽と入れ替えに、どこからともなく姿を見せる、その登場もなんとも言えない趣がある。

「一、二、あぁ四匹くらいいるね」

暗闇から、夫の声が聞こえてきた。

「ほたる、星みたい!」

私に抱きつく娘も、声を弾ませている。

その目の前、10センチほど近くまで、すいーっと一匹やってきて、ふわん、ふわんと舞った。

「今年もきたよって言ってるね」

「待ってたよ」

「おかえり」

口々に、蛍に語りかけた。

虫たちの大合唱の中、黙って舞うほたるたち。梅雨の直前の特別な、生演奏のバレエのソワレである。

大学生の頃、まるで映画のワンシーンのようだと、その美しさにとても感動した、与謝野晶子の一首を思い出す。

「うすものの二尺のたもと滑り落ちて蛍ながるる夜風の青き」

ほたると人の、親しい距離。