現代造佛所私記 No.445「ざらつきと発芽」

厚い雨雲のせいだろうか。透き通った水に ほんの少しだけ、砂がぱらっと落ちたような、そんな心持ちの一日だった。

何かあったわけでもない。だけど、体が重く、心が晴れない。もしかしたら、これから体調を崩す前兆なのかもしれない。

そんな時は、少し体の手綱を緩めて過ごしたほうが安全だ。少しだけざらっとした心を抱えながら、淡々と予定をこなしていく。

「どうして不安にならないの?」と夫に不思議がられる私だけれど、こういう時もある、そういう時なのだ。

とはいえ、喜ばしい知らせも一つ、二つと入ってくるし、仕事は滞りなく進んでいく。お天気を変えようとするのではなく、過ごし方を変えて対処するように、体と心を抱えて過ごす。

家の周りに霧のような雨が降り始め、やがてザアザア降りになった。猫の皓月が、いつも以上にノロノロしている私の隙をついて脱走してしまい、「何もこんな雨の日に行かなくても」と、余計にしょんぼりしてしまった。

ただ、しょんぼりしてもしょうがないと諦めて、植えたばかりのバジルとパクチーのプランターを軒下に入れた。

「あ…」

目の前がパァッと明るくなった。

今朝はまだ何も起こっていなかった土の上に、緑の小さな芽がいくつか出ていた。 かわいいバジルだ。

昨年冬に、種をとったあの二つの株から、ちゃんと繋がった。その感動がじわじわと腹の下を暖めた。

何も起こっていないようで、土の中では滞りなく発芽の手続きが進んでいる。

小さな芽吹き。それがこれほど心を明るく軽くするとは。 めでたし。